Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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ツインピークス・ザ・リターン

放送は1年前ですが、ようやく見終わりました。これ、オリジナルドラマのファンでも相当数の人がついて行けなかったのではないかと想像されます。

リンチは何らかのメッセージを視聴者に伝えようとしているわけではない。これが今回ドラマも含め、長年リンチ作品を楽しませてもらった私の感想です。謎めいた場面ばかりで、見る側はそこに意味を探ろうとしますが、実は隠された意図などないのです(たぶん)。

表現欲求が旺盛で人並み外れた技法を有しているために、ついつい不可思議なシーンを作りすぎてしまうのだと想像します。技術力を駆使したくて仕方ないのでしょう。視聴者も頭の中が「?????」だらけになっても、圧倒的な映像の魔力に抗えない。

この体験って何かに似てると思ったら、現代アートを目にしたときの感覚に近いものがあります。強い意志と技術力は感じるけれど、(私には)普遍的価値が感じられない。ただ、前衛芸術は時代が移れば異なる評価を受けるものです。ツインピークスを含めたリンチ作品が20-21世紀の傑作と呼ばれる日が来ないとも限らないですよね。

そうそう、今回シリーズにひとつだけ古典的物語の要素がありました。エドとノーマとネイディーンの三角関係に決着がついたのです。この3人の物語を縦軸にツインピークスを再構築したら総合小説的世界が立ち上がりそう。

 

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馬石、雲助の親子会

先週日曜日の新潟は38度超えの猛暑で外出がためらわれましたが、贔屓の師匠2人が揃うとあっては炎天下なにするものぞ。

今まで高座で雲助師匠が演じるところを見たことなかったのでとても楽しみにしていました。
やっぱり、目の前で演じてもらうと好いですなあ。独特な語尾の扱いと表情の変化がなんとも楽しい。演目も夏らしく「千両蜜柑」と「臆病源兵衛」を選んでくれました。

馬石師匠は浮世床から「夢の逢瀬」と昨年古町「藪蕎麦」で初回を演じた「名人長二」の2回目。昨年聞いた折には1年後まで話の内容を覚えていられるかしらと心配たものですが、ははは、歳を重ねると月日の経つのが速い。数日前に聞いたばかりのように記憶が鮮明で、違和感なく話に没入。まったくの杞憂に終わったのでした。来年も楽しみです。

 

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リザとキツネと恋する死者たち

元日本大使未亡人のアパートに看護師として住み込むリザ。外出もままならない彼女の楽しみは日本の恋愛小説と亡くなった日本人歌手「トミー谷」の幽霊が歌う歌謡曲。

ところが、このトミー君、リザに恋して彼女と永久に暮らしたいと願い、彼女に近づく男達を次々と亡き者にしてしまうのです。

リザはこの現象を「九尾の狐」に取り憑かれた自分のせいだと勘違い。もう恋愛など不可能だと思い込んだ彼女に小説のようなハッピーエンドはあるのでしょうか。

いやあ、笑った、笑った。特にトミー谷のおかしな70年代風ポップスにぐっときてしまった。ロカビリーやGSを思わせる軽快なリズムにツイスト系ダンス。すぐにサントラ欲しいと思いました(iTunes Storeで扱っていた!)。

外国人による勘違い的日本観で作られたのかと思いきや、制作者たちはリアルな日本に精通しているように感じます。その上で敢えて不思議な日本文化を作り上げてしまった(Eiko Todaさんなる人が監修している?)。歌謡曲の歌詞はその一例でして、違和感がないけれど、所々で混じる微妙な単語が日本人である私の心をくすぐるのでした。

人は大勢死んじゃうけど、コメディですから深刻さはゼロ。ポップで明るく、日本人以外の人だって陽気に楽しめる(と思う)ナイスな映画でした。ああ、楽しかった!

新潟ではシネ・ウインドでたった1回きりの上映。なんてもったいないんだ。再上映してくれませんかねえ。そしたらみんなにお勧めするんだけど。

 

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日本以外全部沈没

筒井康隆に馴染みがあるかないかで、この映画の印象はずいぶん違うはずです。筒井ファンなら、原作を思わせるブラックユーモアにニヤニヤ。もし、筒井体験がなければ、ふざけんなーと叫びたくなるのでは。

一見するとあまりに差別的、あまりに偏見に満ちた内容で、大問題になること間違いなし。よく劇場公開できたものです。

筒井康隆自身が嫌みなおっさん役で登場していたり、日本沈没の映画、テレビドラマでそれぞれ主役を演じた2人が嬉々として(?)類型的な人物を演じていることをとっても、しゃれのきつい一種の文士劇で、内輪のお楽しみのために作ったのではないかと想像されます。

チープさ加減、呆然とするような設定に惑わされることなく、これは原作の意図を忠実に表現しているのだと考えると、現代社会に対する痛烈な風刺であり、自己愛に浸りきる人類に警鐘を鳴らす啓蒙映画として見ることも可能です。今の世界はまさにこの映画の描く状況に向かって一直線じゃないですか。

筒井さん、しばらくご無沙汰していましたが、また読みたくなっちゃいました。

 

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憂鬱な10か月  イアン・マキューアン

胎児は胎内でどのような日常を送っているのでしょう。心臓をはじめ、胃、腸、膀胱など、母の内臓が活動するさまは感じているような気がします。では、母体が摂取する飲食物を血液の変化という形で認識するものなのか、また、外界で交わされる会話、環境音、音楽が何らかの形で伝わるものなのか、そして羊水と皮膚の向こうに光を感じるものなのか。

誰もが体験済みなのに誰にも答えられない疑問。マキューアンは新作でそこに目をつけています。しかも、この胎児は産まれるべきか、産まれざるべきか、胎内で苦悩するというのですから驚くほかはありません。

愛人と共謀して夫を無き者にしようとする母。計画が成就すれば、産まれた我が子を捨てるつもりで、失敗すれば、刑務所内で子育てをすることになるはず。語り手の胎児にとってはどちらも受け入れがたい運命です。

両親の手元で成長したい彼/彼女は父親殺害を阻止したいのですが、いかんせん起こせる行動は限られています。自らの力で運命を切り開くことが出来るのでしょうか。

マキューアンの小説はいくつか映画化されていていますが、この物語の映像化はハードルが高そうです。でも、難しいことにこそ闘志を掻き立てられる人たちが多いことも事実。どなたかチャレンジしてくれませんかねえ。絶対観に行きますよ。

 

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The Dalai Lama's Cat  デイビッド・ミチー

犬や猫をはじめとする愛玩動物たちは飼い主を選ぶことが出来ず、飼われている環境によってずいぶんと違う人生を送ることになります。わが家の猫が今の暮らしに満足してくれていると好いのだけれど。

さて、この小説に登場する猫の飼い主はすごい! 生まれて間もなくお金目当ての子どもたちにさらわれたあげく、足が悪くて捨てられそうになったところを救ってもらったのですが、その人は世界でもとびきりの有名人にして人格者、ダライ・ラマだったのです。

表紙に「小説」と記されているものの、ダラムサラの法王庁で暮らす雌猫の生活を通じて仏教の教えを説くソフトな読み物、といった読後感です。

自分のことしか考えていなかった(そりゃ当たり前だ)無垢な猫がダライ・ラマをはじめ、その側近、料理名人のイタリア人おばさん、カフェの主人、凛々しい雄猫などと交流しながら、真理に目覚めていくという筋立ては、ありきたりで物足りなさを覚えます。

ただ、普段知ることのないダライ・ラマの暮らしぶりや、法王庁があるマクロードガンジの描写がとても興味深く、完全なお上りさん気分で楽しんだのでした。

 

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サイの季節

イラン革命前夜のテヘラン。詩人サヘルは妻に横恋慕した運転手が巡らせた策略により、政治犯として30年の投獄生活を強いられることになります。出獄後、ようやく妻ミナを尋ね当てたたものの、彼女は元運転手アクバルによる軟禁状態にあり、しかも2人の子どもが同居していたのです。

サヘルは再会を熱望していたにもかかわらず、妻の行方をイスタンブールの海沿いに尋ね当てた後は、岸壁に停めた車中から彼らの暮らす家を注視したり、外出時に後をつけるだけです。知り合う人たちとも殆ど言葉を交わさず、表情にも乏しい。いったいサヘルは何を思って妻たちを見守っているのでしょうか。

彼の心中をうかがい知るには、映画中に挿入される詩、そして心象を写したとおぼしき非現実的なシーンに頼るほかありません。しかし、監禁部屋に降りしきるカメ、車中に顔を差し入れるウマ、砂漠を疾走するサイの群れを見せられても私の頭は困惑するばかりなのでした。

では、その困惑が苛立ちにつながるかというとそんなことはなく、無心のうちに目が画面に吸い寄せられてしまうのです。やがて、そこに漂う静かな絶望感、あるいは諦観がゆっくりと胸にしみ込み始め、心が不思議な静けさに満たされるのでした。
ある種の宗教体験と呼べそうな、他に例のない映画でした。

50歳を目前にしたモニカ・ベルッチ、良い感じに年齢を重ねていますね。

 

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未成年  フョードル・ドストエフスキー

この物語を一人称の語りで進めるのは、自尊心が高いくせに世間知らずで頭でっかちなアルカージイ君。くどすぎる喋りと突飛な行動のくり返しにイライラと惑わされてしまうのですが、物語の核心となるのは実父であるヴェルシーロフ。

貴族出身の彼は平等な価値観を持った世界人でありたいという「高邁な思想」を抱く一方、女性にくらくらしてしまう弱点を抱えているのでした。出会うご婦人方に衝動的に対処するものだから、あちらこちらでトラブルの種を捲いてしまい、異腹の子どもたちや内縁の妻は大迷惑を被ってしまいます。

家族を不幸に突き落とす人間に人類の幸福や未来を語る資格はあるのか? 政治家が善人である必要はないという意見同様に、議論しても決着がつかない問題ですね。

ドストエフスキーの小説で共通して興味を惹かれるのは、自分たちを二流の民族だと卑下するロシア人の心持ちです。一方で、「イデーを総和させて世界市民になれるのもロシア民族だけ」だと自負し、少なからぬ登場人物が両極端な思いに引き裂かれるように精神の分裂を起こしてしまう。
これ、一般的なロシア人の傾向なのか、この作家の特徴なのか、詳しい方がいたら教えていただきたいものです。

そうそう、当時のロシアでは死別しないかぎり離婚できなかったこと、農奴制が崩壊し、社会主義思想が広がり始めていたことなどが読み始める前に分かっていなかったため、「なぜにその発言?」と何度も頭をひねることになりました。
学校でいったい何を習っていたんだ、私は。

 

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ゴーギャン タヒチ、楽園への旅

新たなインスピレーションを求めてタヒチへと旅だったゴーギャン。「原始のイブ」を見つけた喜びをキャンバスに表現し続ける一方、破局の予感に苦悩し、やがて衰弱していく…

実のところ、タヒチで描かれた一連の作品を見ても、巷で言われるような生の喜びが伝わらないなあ、と思っていました。鮮やかすぎる色彩とフラットな描き方に違和感を覚え、私の画家ではないな、なんて。

ところがです。この映画に登場するモデルであり配偶者(?)のテフラを見た瞬間、ゴーギャンの有名な作品群がどっと頭によみがえり、そこに込められたであろう画家の興奮や情熱をまざまざと感じることになってしまったのです。

生命力に溢れる健康美、島の部外者にはうかがい知れない心の奥。「おれの求めるものがここにあった!」とゴーギャンは有頂天になります。よくぞこの女優をテフラ役に採用したものです。私だって彼女と一緒に南国の生活を謳歌してみたいと思いました。

実に楽しげな、そして辛そうなタヒチでの生活。これ、実話なのかな? ストーリーがまとまりすぎていて、もしかすると代表作の数々を元に紡ぎ出された完全な創作かもしれない、と感じました。
もちろん、それで全く問題なし。もしそうであれば、その作業は楽しいだろうなあ。

「月と六ペンス」も再読したくなります。

 

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足立美術館所蔵 横山大観と近代日本画名品展

大観の画歴を俯瞰する22点は質量ともに見応えがあり、特に、ポスターに用いられた六曲一双の大作「神州第一峰」は雄大さと張り詰めた緊張感に圧倒され、荘厳な雰囲気に畏怖の念さえ覚えてしまいます。「霊峰夏不二」で青い富士山を取りまく雲の描写にも目が釘付け。

個人的に楽しみにしていたのは東西の美人画対決です。鏑木清方の描く凛とした女性、上村松園のやわらかな女性、この2人の作品が並んでいるところを見たかったのです。
清方は男の求める理想像、松園は女性の願望像を描いているように感じました。
私は松園の方が好みだな。

もう1人の美人画家、伊東深水のハイカラな女性に朝丘雪路を想像するのはうがち過ぎですかねえ。

色彩の鮮やかさとデザイン性にはっとしたのが小林古径の「木蓮」。早春の野に燃え立つ生命そのものを見たようで、しばらく立ち去ることができなかった。

展示される作品点数も適量で、全てをゆっくり鑑賞してもぐったりすることはありませんでした。優雅な午後のひとときでした。

新潟市新津美術館で5月20日迄

 

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