Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
<< August 2016 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

恋歌

天狗党と諸生党の争いにより、藩内が二分された幕末の水戸藩。江戸屋敷のひいきに預かった池田屋の娘、登世は、一目惚れした藩士の元に嫁いだものの、時代の激流に翻弄されて辛酸をなめることに。危ういところで一命を取り留めた彼女が維新後、己の才覚で人生を切り開いていった覚悟とは…

登世が、争いを生むことになった元藩主(烈公)の未亡人であり、現藩主の母、貞芳院に釣りの手ほどきを受ける場面があります。その時、貞芳院が「人は群れるとろくでもない生き物」だと嘆いたように、復讐はさらなる復讐を呼び、惨劇の連鎖は水戸藩内のみならず、全国各地へ広がり出してします。

しかし、胸の奥でうずくはずの恨みをや嘆きを抑え込み、その鎖を断ち切ろうとした登世の決断は見事だった。それは、奇しくも冲方丁が「光圀伝」の中で義を全うさせた光圀の姿と完全に二重写しになるものでした。
水戸藩に受け継がれた美しい価値観に感じ入る一方、光圀から始まった財政難が登世たちに災いを成したことを思うと複雑な気分です。

二人の異なる作家が記した別個の物語なのに、示し合わせたかのような関連性。こんなことがあると、さらに読書の楽しみが広がります。

 

JUGEMテーマ:読書

小説(あるいは読書) | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

羅生門

山中で盗賊に襲われた一組の夫婦。夫は命を落としたものの、盗賊はあっけなく捕縛。検非違使の庁で行われた取り調べには、目撃者、盗賊、妻、いたこに憑依した夫がそれぞれ証言を行いますが、妻が陵辱された後の話が、ことごとく食いちがう。果たして真実を語るものはいるのか。

人は自分の都合に合わせて事実をねじ曲げる身勝手で強欲な生き物。その浅ましさに、羅生門に棲む鬼も逃げ出した、というお話。

2時間足らずの映画ですが、見応えがありました。特に、チャーミングな三船敏郎と、清楚な外観に毒々しい内面の乖離がぞくっとする京マチコの演技には惹きつけられました。共に浅ましい人間の本性をさらけ出す役どころですが、あふれる出る瑞々しさがなんとも眩しい。逆ギレした女に毒づかれ、にわかにしゅんとした三船の可愛らしさといったらありません。「蜘蛛巣城」で見せた弱さも良かったし、今さらながらファンになってしまいました。

ところで、この映画、登場人物をもっと増やして、相関関係を複雑にしたら「ツイン・ピークス」になりますね。スタージェスが「七人の侍」に影響されて「荒野の七人」を作ったように、リンチもこの映画がいたく気に入っていた、なんてことはないのかなあ。

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

リリーのすべて

愛が相手の全てを受け入れることだとしたら、その気持ちが離れてしまうことも受け入れなくてはならないのでしょうか。

意図して選んでいるわけではないのに、映画にしろ小説にしろ、最近やけに夫婦のあり方を問う作品に遭遇しています。戦前に行われた性転換手術に興味を惹かれがちなこの小説も、本質は夫婦の関係を考えさせるものでした。

共に画家として活躍するアイナーとグレタ。夫の心に女性が存在することに気付き、彼女を誕生させたのは妻でした。グレタはリリーと名付けられた少女を積極的に受け入れ、しかも彼女を描いた一連の作品で画家としての成功も手に入れます。

アイナーは男女2人の人物が存在する自分をそのまま受け入れてくれるグレタに感謝するものの、やがてリリーとして生きることを決意。必然的に男性に心惹かれるようになり、2人の夫婦としての関係は穏やかに変質することになります。

リリーとなった夫を変わらずに愛しているものの、妻としての立場が失われたグレタ。彼女がアイナーの幼なじみで画商のハンスに男性を見るようになり、やがて気持ちを寄せていくのは当然だったように思います(読者の私はそれを望んでいました)。

この物語が他と違うのは、リリーもグレタもハンスも(そして、グレタの弟カーライル、リリーが結婚を望むヘンリクも)関係が変わった後でも互いを理解し合い、愛情を注ぎ合う点です。性転換という特殊な事情を考慮したとしても、そこに新しい結婚制度のあり方、夫婦の自由な心の通わせ方を見ないわけにはいきませんでした。
穏やかなのに衝撃的な物語です。

JUGEMテーマ:読書

小説(あるいは読書) | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

猟銃

妻みどりの友人彩子と13年間にわたって不倫関係を続けてきた三杉穣介。愛人の死後、彼の元には秘密を知った彩子の娘である薔子、彩子、そして、みどりからの手紙(遺書)が次々に届き、女たちの葛藤が明かされる。

穣介はみどりが笑顔の裏に隠した嫉妬と不信感に気づかず、また、彩子が陶酔感を求めた本当の理由など想像すらつかなかったように思えます。
長年の葛藤を手紙の形で処理してしまい、自分の心と折り合いを付けた女性たちはすっきりと(?)次の道を目指しますが、全てを知ってしまった穣助はむなしさを抱えたまま残りの人生を過ごすことになるのでしょう。
そんな老後はいやだ!

人の気持ちは分からないものだということさえ分からない恐ろしさ。
この小説は短編なので、軽くジャブを打たれた程度の衝撃ですみますが、これをリアルにとことん追求されるとノックダウン必至。
立ち上がれなくるほどの恐ろしさを体験したい人には「カジュアル・ベイカンシー」がお勧めです。

JUGEMテーマ:読書

小説(あるいは読書) | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |