小さいおうち
太平洋戦争開戦間もない東京郊外。
口減らしのために上京したタキちゃんは縁あって平井家の女中として働くことに。夫婦とひとり息子の一家はとても仲がよく、年若いタキちゃんをも家族同然に扱ってくれます。赤い屋根の小さな洋館と平井家は彼女の宝物でした。
そんな折り、夫の勤務先でデザイナーを務める青年、板倉正治が一家と懇意になり、頻繁に顔を出しはじめます。やがて戦局が進み、世の中は制約だらけに。丙種だった正治にも徴収命令が届いた頃、タキちゃんは時子と正治の間に何かあるのではないかと気付くことになり……
いろいろな楽しみ方ができる小説でした。
まず、戦時下の人々の暮らしがとてもリアルに身近に感じられたことが新鮮でした。東京が空襲されるまで、人々はそれなりの不安を抱えながらも、なんか遠くで戦争やっている、というどこか他人事のような感じもあったようです。
この時代の空気がどのようなものだったか興味があったので、その点が大満足でした。
そしてタキちゃんの気持ち。
タキちゃんは甥に宛てた手記の中で、時子さんと正治の逢瀬に手を貸したことになっています。しかし、最終章で登場するある手紙の存在は記述内容を否定するものでした。なぜ、タキちゃんはうそを書いたのか。
きっとタキちゃんは自分でも気付かないうちに時子さんに恋愛感情を抱いていたのでしょう。友人の睦子さんは、女学生の頃時子さんに熱を上げた女の子がいたと振り返り、同性愛があってもいいのではないかと述懐します。
タキちゃんは正治に対する嫉妬心から手紙を渡さずにいたものの、良心に苛まれて記憶の中では二人が会ったことにしたのかもしれない。
淡く余韻が残る佳作でした。
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