悲しみのミルク
映画館を出た後しばらく、頭の中が空白になったようで、ものごとをうまく考えられません。
誰かの問いかけも聞こえているけど理解できない。
ああ、これはファウスタの悲しみが伝染してしまったのだ。
ファウスタの悲しみは彼女のものではありません。
彼女の母は妊娠中に夫を殺され、さらに暴行を受けました。
その母親の悲しみが母乳を通じて自分に取りついたのだと、ファウスタは信じています。
ファウスタはいとこの結婚式に出席してもうつろな表情。同席した若者の好意にも無関心です。
音楽家の家でともに働く親切な庭師が示す気遣いにさえおびえてしまいます。
悲しみにくれるファウスタと対照を見せるのが、あっけらかんとしたペルーの貧しい人々。
生きるために懸命な人々は彼女の感情になど構っていられず、たくましく一日を生き抜きます。そのタフでドライな感情がファウスタの悲しさを一層際立たせるのです。
母親の死を看取った彼女は悲しみを克服できるのでしょうか。
庭師が届けたヒナギクの鉢を両手に包むファウスタの表情は、ほんのわずかに変化します。でも、それは、悲しみからの脱出を暗示するものとしては非常に心許ないものです。
この映画を思い出すとき、きっと私の心は再び悲しみに満たされてしまうのでしょう。
それにしても、映像の美しさはすばらしい。
ことに、赤い花を咥えて屋敷の門を開けるシーンは、映画ファンの心に長く刻まれることになるでしょう。
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