オラクル・ナイト ポール・オースター
たぶんオースターは具体的に知っているのです。
言葉は力を持つ。
言葉は現実を引き起こす力を持っていると。
何気なく口にしてしまったことが、その通りになってしまったという経験はだれにも一つや二つあるのではないでしょうか。
それが苦い思いとなって残っている私にとって、この一冊はただの小説の域を超えて迫ってきました。
友人の息子に殴られて危篤に陥った妻の状態を父に伝えるシド。
容態はどうなのだと問われ、間違った言葉を口にして呪いをかけてしまってはいけないと慎重に口を開きます。
「言葉に殺す力があるのなら、私は自分が使う言葉に気をつけなければならない。ひとつでも疑念を表明したり、否定的な思いを発したりしてはならない」
端から見れば電話を手にした男が眉間にしわを寄せてぽつりぽつりと喋っているに過ぎません。
でも、ここでシドは全霊をかたむけて妻を守る闘いに挑んでいるのです。
ときに私たちは物事が起こる前からわかっています。
そしてそこにつきまとう不安を感じています。
それを具体的な物語に仕上げ、読む者の心を波立たせるたオースターの腕前はやっぱりすごい。