Un gato lo vio −猫は見た

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すみだ川 永井荷風

おじさんという立場は気楽でいいよな、と思っていました。時々甥や姪の顔を見てはお小遣いをあげたり、どこかへ連れて行っては「ありがとう!」なんて抱きつかれたりしてね。おじさんは物わかりがいいのだ。

 

商家の跡取り息子だったにもかかわらず道楽が過ぎ、俳諧師として浮世を渉る蘿月は、常磐津を教える妹の息子、長吉君が進学して堅気の仕事に就くのだろうと思っていました。

 

ところが、長吉君は想いを寄せる幼なじみのお糸が芸者の道を選んだことにがっくり。恋しさのあまりに学業が疎かになって落第、こうなったら役者になろう、伯父さんならおれの気持を分かってくれるはずと蘿月にすがることに。

 

さあ、困った、板挟みだ。道楽者だった己の身を振り返れば長吉の気持も理解できるけれど、不安定な自分たちとは違って堅実な道を歩んで欲しいという妹の気持ちもよく分かる。

やっぱり、ここはまともな意見をするべきだよなあ、とおじさんは日和ってしまった。

 

長吉君の落胆したことといったらありません。死んだ方がましとばかりに雨の中を歩き回り、わざとのように腸チフスに罹ってしまいます。様子を見に来た蘿月は絶望した甥の書き付けを見て大後悔。

ああ、長吉よ、おじさんが何としてもお糸と一緒にしてやるからな、役者の道も後押ししてやるからな、と涙にむせぶのでした。

 

と、こんな風にあらすじを書くと単なるよくある話で終わってしまうけれど、実際の小説は人情の機微が細かに描かれ、特に長吉君の若さ故の不安や絶望感が身に迫ってきます。時代は違うけれど若いということは辛いものだと思い返されます。

 

そして、明治の終わりから昭和初期にかけた自分では見たこともないはずの東京の風景に対してやけに郷愁を感じてしまうことが不思議です。新奇な事物が次々と生まれる都会だけれど、小路を折れてみるとそこには昔から変わらぬ活の匂いが漂っている。街は未来に向けてどんどん進んで行くものの、多くの人々は心の内にある江戸や明治を忘れることが出来ない。

 

そんな移ろいゆく東京の町を、冬の夕陽を浴びながら長吉君と一緒にあてどもなくさまよってみたい気分になるのでした。

 

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