Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
<< August 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

渚にて   スタンリー・クレイマー

冷戦下でついに核戦争が勃発し、既に北半球の人類は滅亡。わずかに生き残ったのはオーストラリア大陸の人々と、海中を潜航していた米原潜乗組員のみ。オーストラリアが放射能に汚染される日も迫ったある日、豪海軍は米サンディエゴからの無電を受信。誰が打電したのか調査するため、潜水艦は母国へ向かうことに。

 

今見てもスリリングな設定にどきどきします。核兵器の拡大競争が続いていた当時は今よりもっと現実味があったはずですし、実際、数年後にはキューバ危機が起こっています。いよいよ映画が現実のものとなる、という恐怖が世界を覆っていたと想像します。

 

映画としてはストレートでなんのひねりもないけれど、制作者の目的は「思いとどまるなら今しかない」と真正面からメッセージをぶつけることだったのでしょう。その内容が今もなお有用であることが残念で、そして恐ろしい……

 

JUGEMテーマ:映画

 

映画 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

野口哲哉展 鎧の中で−富山編−

哀愁を帯びた表情の武者たち。おお、なんだこれは! 樹脂を用いたフィギュアと古びた味わいの絵画に一瞬で心を奪われてしまいました。

 

どちらも鎧兜姿の人物に現代のモノを組み合わせているところが共通で、これが何ともユニーク。最も分かりやすい特徴です。これを見て顔がほころばないわけがない。

 

そして驚くのは小さな人物たちの表情です。うわあ、この人達生きてる。体温すら感じるじゃないか。

 

彼らは姿形こそ武者ですが、浮かべる表情、漂わせる雰囲気は今を生きる私達と何も変わらない。仕事に疲れて放心したり、音楽に恍惚としたり、失敗に落ち込んだり、叶わぬ夢を夢見たり。だからこそ一層リアルさが際立つように感じます。

 

何はともあれ、作品の前に立って驚いてください。写真撮影もOKです。

 

 

 

 

 

8月25日まで富山市森記念秋水美術館で開催中。

 

JUGEMテーマ:美術鑑賞

 

 

美術 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

初めての磐梯山

友人に誘われて磐梯山まで足を伸ばしました。爆裂の跡が特徴的な姿は馴染みがあるけれど登るのは初めて。

 

最もポピュラーな八方台登山口に足を踏み入れると、まず左右に広がるブナ林の美しさに目を惹かれます。年を経た大木が漂わす威厳に満ちた雰囲気には、自ずと畏敬の念が湧き上がるのでした。

 

裏磐梯の湖沼群と吾妻連峰が見渡せる弘法清水にたどり着くと遠足の子どもたちで大賑わい。ざっと見たところ小学生から高校生まで200人以上はいたようで、そこから山頂までの急登は大渋滞。人気の山なんだと驚きました。

 

360度が見渡せる山頂からの眺望は見事でした。吹く風も涼しく、青空と水を湛えたいくつもの湖を眺めていると地上の暑さを忘れるというものです。

 

弘法清水までの登山道は勾配も緩やかで、もちろん小学生でも問題なし。歩き慣れた角田山五箇峠コースを2往復するような感じでしょうか。機会があれば他のルートからも登ってみたいと思いました。

 

JUGEMテーマ:地域/ローカル

新潟暮らし | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

夜   ミケランジェロ・アントニオーニ

人気作家ジョバンニ・ポンターノ夫妻の虚ろな一日をスタイリッシュに描いた映画。

 

ジョバンニは将来を嘱望され、妻リディアは資産家の娘。若くして名声も富も約束された2人でしたが、その愛情は冷め始めていたようです。

 

末期の友人を共に病院に見舞い、サイン会に出席した後は無言のままに別行動。退屈な夜を避けるかのように富豪のパーティーを訪れた際も、それぞれが気になる相手を見つけて軽いお楽しみに興じ、その場面を目撃しても嫉妬心すら湧き上がりません。夜明けを迎えた2人は互いの心が離れてしまったことを確認したのでした。

 

映画としてはクールに過ぎて、私向きではなかった。俳優の表情には魅入られてしまいましたけど。若きマストロヤンニの憂鬱な雰囲気には引き込まれるものがあるし、徹底的に冷めたジャンヌ・モローの無表情が、当事者でもない私の心を不安に陥れるのでした。

 

JUGEMテーマ:映画

 

映画 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

月と六ペンス   サマセット・モーム

ゴーギャンをモデルにした物語ということで、発表当時大ベストセラーになったそうです。

 

美を創造するために全てをなげうったストリックランドの人生を知人である作家が回想するという構成のため、画家の美に対する価値観、創造の苦悩を読者が直接窺うことは叶いません。あくまでも、他人の目に映る破天荒な行動からその胸の内を察するほかないのです。没後に評価されなければ彼の情熱は簡単に忘れ去られたことでしょう。

 

むしろ最も丁寧に描かれていたのは、ストリックランドの才能を最初に発見した画家のストルーヴでした。彼は優れた審美眼を持ちながら絵の才能は凡庸に過ぎないというなかなか悲しい役柄。

 

どれほど邪険にされようと、利用されようと、ストリックランどを見捨てることはありません。果てに妻を奪われて激しく落ち込んでいるにもかかわらず、いつか二人が自分の下にもどれば喜んで迎え入れるつもりなのです。お人好しでは美を創造できないということなのでしょう。ストリックランドが月でストルーヴが六ペンスか。

 

今回最も印象に残ったのは中野好夫さんの訳文でした。奥付の初版日付は昭和34年。ということは、おそらく昭和30年代初めの仕事だと思われますが、実にこなれた訳文でいきいきとしていた。最近は改訳が流行りだけれど、これはこのまま現代でも違和感が無い。いや、すばらしい仕事です。

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

誰もがそれを知っている   アスガー・ファルハディ

妹の結婚式に出席するため、アルゼンチンからスペインの小さな村に里帰りしたラウラと子どもたち。お祝いムードに浮き立っていた一家ですが、パーティー中に娘のイレーネが誘拐されてしまいます。その場の状況から犯人は身内か親しい知人と推測され、小さな村は疑心暗鬼に陥ることになるのでした。

 

タイトルが示す公然の秘密を推測することや、犯人捜しが映画の主題ではありません。誰もが知らないふりをしていた事柄を当事者同士が口にすることで、一見調和が保たれていた家族や村の関係にひびが入り、事件に係わった全ての人たちは傷を抱えながらの再出発を余儀なくされてしまうのです。私たちの平穏な暮らしは実にもろい土台の上に成り立っているという認識を緊迫感のある画面が要求します。

 

誰もが知り合い同士であるという狭い共同体は、ハレの席で一体感のある盛り上がりを見せる反面、恨みや嫉妬などが根深くいつまでも消えないという息苦しさがつきまとう。そのような背景の見せ方が舌を巻くほど巧みでした。俳優もその舞台に溶け込み、過剰な表現ではないにもかかわらず、説得力のある演技を見せていました(パコ君、気の毒すぎます…)。

 

時々こういう作品に当たるから映画館通いが止められないんだなあ。

 

公式サイトはこちら

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

デトロイト美術館の奇跡   原田マハ

財政破綻から危機的状況に陥った年金財源を守るため、市美術館の所蔵品を売却すべきという世論が高まっていた米デトロイト市が舞台。セザンヌの描いた「マダム・セザンヌ」に魅せられた人々を物語の中心に据え、所蔵品を「友人」のように愛する人々が美術作品と年金財源を共に救った奇蹟のようなお話。

 

原田さんの美術関連小説は、どれをとってもアートに対する愛情が感じられ、気持ち良い時間を過ごすことができます。この作品ではアートを心の糧として慈しむ人々の暮らしが愛おしく、また「マダム・セザンヌ」に深く分け入っていく作者の想い(妄想?)を楽しめました。

 

 

本作の主人公と言える「マダム・セザンヌ」を3年前のデトロイト美術館展(東京)で実際に目にする機会がありました。あのときはピカソとマティスの熱量に圧倒され、モディリアーニのキラキラするような美しさに魅入られたものでした。ゴーギャンの肖像やゴッホの寝室も印象的。でも、そんなきらびやかな作品の中で「マダム・セザンヌ」は実に地味だった。

 

評価の高い作品ということもあり、じっくり向き合ってみたけれど、なんだかモデルがつまらなそうにしているように感じただけでした。会場を一回りした後にもう一度絵の前に立ってみたけれど、小説の登場人物たちのように親しみを覚えることは出来なかったなあ。

 

どうもセザンヌは私の作家ではないようですが、それはそれとして、美を求める人たちの物語には引きつけられて止むことがありません。

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

蘆刈   谷崎潤一郎

月に誘われて淀川の堤を散策していた語り手は川の中州で不思議な老人に出会い、十五夜にまつわる思い出話に耳を傾けることになりました。

 

老人は子供の頃、十五夜の夜になると決まって父に連れ出され、巨椋池の畔にある広壮な別荘の生け垣から中をのぞき見ていたと言います。2人の視線の先には裲襠をまとって琴を弾く女主人と賑やかな取り巻き達。子供の目にも美しいその女性は、今は逼塞した父がかつて愛した「お遊さま」。2人の間に繰り広げられた物語は実に奇妙なものでした。

 

お遊さま、その妹の静、老人の父である時雄が繰り広げる不思議な三角関係、そしてあこがれの女性に隷属しようとする男の姿は私が愉しませてもらった谷崎小説に共通のもの。短い物語りながらも谷崎世界を堪能し、妄想を広げられる佳作でした。

 

「卍」の光子のように関係者全員を破滅に導くようなことはせず、新しい境遇にあっさりと順応してしまうところが別れた男にとっては辛いところかなあ。

 

そして、この話を物語った老人は、本当に時雄と静の息子なのでしょうか。今も存命のお遊さまを忘れられない時雄の妄念が老人の姿を借りて現れたのかもしれない。

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

The Accidental Further Adventures of the Hundred-year-old Man ヨナス・ヨナソン

101歳の誕生祝いにバリ島で熱気球に乗ったアランと友人のユリウスは手違いから海に落下。通り掛かった輸送船に救助されたのは良かったけれど、なんとそれは濃縮ウランを積んだ北朝鮮船でした。さあ、今度も世界を股にかけた101歳のじいさんの冒険の始まり、始まり。

 

アランは行く先々でトラブルに巻き込まれてしまいますが、前作同様、流れに身を委ねるだけ。名だたる世界の指導者と知己になっても101歳は泰然としたもの。あまりの成り行き任せぶりにトラブルの方がしっぽを巻いて逃げ出してしまうのでした。ただ、人々が手にしたタブレットにばかり気をとられ(本人も中毒状態)、世界が少しずつ悪くなっていることが気がかりのようです。

 

映画化された「100歳の華麗なる冒険」の続編ですが、これは当面映画化が無理でしょう。なにしろ現役で(2018年現在)世間を賑わす世界のリーダー達が実名で登場し、作者に揶揄されているのですから。

 

映画は、人生なるようになるさ、というメッセージを明るく伝えていましたが、原作者のヨナソンは20世紀が最悪の100年だったことを書きたかったのだとい言います。悲惨な事例を思い出すことで同じ過ちをくり返さないで欲しいという願いだったとか。しかし、本はベストセラーになったけれど世界が変わることはなかった。そこで、無駄を承知の上でもう一度アランに登場を願い、同じメッセージをくり返したかったということです。

 

102歳のアランが登場しないことを願いましょう。

 

なんと、翻訳世界を救う100歳老人」が間もなく書店に並ぶようです!

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

東京物語   小津安二郎

小津ファンを自認している以上、「東京物語」は過去に何度か観ているわけですが、名作と絶賛されるほどの映画にしては何かが足りないような気がしていました。同じ監督でも他にもっと面白いのあるけど、なんて。

 

で、いわゆる「紀子三部作」として3作続けて観たら印象が変わるだろうかと思い、再度画面の前に座った次第。3人の紀子は同一人物ではありませんが、続けて観ていると、彼女の持つ結婚観が変化していく様が面白かった。

 

そして片岡義男が言うように、むしろ「周吉三部作」として捉えるととても腑に落ちるものがありました。年老いた独り身の男に漂う哀感をどのように見せるか。理想の「うーん」というセリフを求めて紀子に様々な役を割り振ったという意見に一票入れたいですね。

 

そしてもちろん、この映画単独で観ても面白さが損なわれることはなく、やっぱり世の評価に値する作品だなと再認識。

 

そう思ったのはおそらく、デジタルリマスター版で観たからです。以前目にした画面では、親をないがしろにする子どもたちの薄情さと残された父の哀しみに覆われた陰鬱な印象が強かったのだけれど、修復作業のおかげで画面が一気に明るくなり、台詞も明瞭で、それだけで全く違う映画のように感じてしまいました。

 

明るい画面で観ると、家族のあり方は年月と共に変化するものだ、それは仕方のないことだという諦観があっけらかんと表現されるように思います。その後、高度経済成長へと向かう街も明るい雰囲気に満ちあふれ、いつまでも戦後じゃないという気概さえ感じられます。亡夫の両親に孝養を尽くす紀子も過去を捨て(「私、狡いんです」)、新しい自分の生活に向けて一歩を踏み出す覚悟を決めているのでした。

 

そうそう、人をイライラさせる杉村春子はとても演技に見えない。全く以て素晴らしい。

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |