Un gato lo vio −猫は見た

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上村松園と美人画の世界

画集から受ける印象とこれほど違うものなのか。鼻先がつくほど近づいて見ることができた今回の松園作品は実に衝撃的。決定的な差は力強さでした。

 

これは印刷物やテレビ画面からは決して伝わらないものでしょう。そこには自ら抱く理想像を完璧に表現したいという画家の意思が今もありありと残っているように感じました。以前観たピカソにも劣らない熱量です。

 

鮮やかに広がる色の面の強烈さと、それを取り囲む力強くも柔らかな線の組み合わせが絶妙でした。立体的な絞り模様、髪が透けて見える櫛の透明感、襦袢の白い襟に浮かび上がる地紋、そして髪の生え際の美しさ。見ていて飽きるということがありません。画布に向かっている松園の姿すら浮かび上がってきて、いつまでも立ち去ることができませんでした。

 

「蛍」「砧」「夕べ」などは、こんなに大きな作品だったのかとびっくり。ほぼ等身大かそれ以上に描かれていて、静かな迫力に満ちています。穏やかな表情は菩薩のようにも感じられ、美人画というより仏画のようでもありました。「芸術を以て人を済度したい」と願った松園の面目躍如ではないでしょうか。

 

1階のカフェでは松園作品にちなんだ和菓子を楽しむことができます。もうちょっと落ち着いた場所だと良かったなあ。

 

山種美術館で3月1日まで

 

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ブロンド少女は過激に美しく   マノエル・デ・オリヴェイラ

叔父の店で会計士として働くマカリオ君は事務室向かいの窓に姿を見せたルイザに一目惚れ。苦労の甲斐あってなんとか婚約にまでこぎ着けるのでしたが、彼女の手癖の悪さに呆れ果てることになるのでした。

 

邦題が扇情的すぎますよ。ルイザは特に過激ではありませんでした。幼いが故に少々常識に欠けるだけ。普通のちょっとかわいい女の子に過ぎません。

 

常識に欠けると言えばマカリオ君も同類で、いくら世間に疎い若者とはいえ、猪突猛進過ぎるのでは。あまりにあっけない結末の責任はルイザよりむしろ彼の方にあると感じました。もっと余裕が必要だよ、マカリオ君。

 

100歳の監督が撮ったこの映画、あらすじだけで終わっていて、特に人物造形に深みがあるわけでもないし、メッセージも感じません。手を抜きすぎなのではとも思いますが、それでも、何かこの世のものではないような不思議な美しさが漂っていて画面から目を離せない。それは次作の「アンジェリカの微笑み」も同様で、やはり一世紀以上も生きた人は、常人とは違う感覚で世界を感じているのかもしれません。

 

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日本橋   泉鏡花

行方不明の姉に似た面差の芸者清葉に恋した学士の葛木。雛の節句の翌日にきっぱりと振られてしまい、出家を覚悟。その帰りがけ、姉の志に従って一石橋から蛤と栄螺を川に放すのですが、巡査に見とがめられて厳しく尋問されてしまいます。

 

そこに行き会ったのが清葉をライバル視するお孝でした。夫が放生会をしただけだと助け船を出すと、そのまま葛木を一晩引き留め、失恋の一部始終を聞き出します。二人はわりない仲になるのでしたが……

 

そのまま情緒を漂わせて静かに終わるのかと思いきや、なんと、火事に端を発した怒濤のラストシーンが待っていました。いやはや、驚いたのなんの。

 

心を病んだお孝が火の粉を雪と勘違いして両袖に受け止める場面の妖しさといったらありません。燃え盛る炎が赤く目の前に浮かび、肌を焦がしそうな熱さえ感じます。逃げ惑う人々の悲鳴や怒号がすさまじい。くっきりと映像を結ばせてしまう筆力には恐れ入るばかり。

 

まるで映画を見ているようです。そう思うと、この作品は登場人物に共感を寄せる物語というより、失われつつある風俗を洗練された形で残すことを目的としていたのかもしれません。「細雪」と通じるところが大きいと感じました(そういえば、赤熊なんて谷崎小説に登場しそうなキャラクターです)。

 

本の装丁もため息ものでした。小村雪岱の筆になる表紙と見返しの装画を見るだけでもこの本を手に入れた甲斐があるというものです。なんとも贅沢。

 

 

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The Warehouse   ロブ・ハート

 

全米100か所以上に配送施設を有し、3000万人の従業員を抱える巨大企業クラウド。それぞれが1つの自治体として機能するほどで、職場は勿論のこと住居、娯楽施設、発電施設、病院、電車まで備えていますが、一方、そこで働く人々は装着したリストバンドによって完全に管理されているのでした。


主役は膵臓がんを宣告され余命を施設訪問に費やすクラウド設立者ギブソンと2人の新入社員。1人はクラウド社の値引圧力によって失職した元製造業社長パクストン、もう1人はカーボンマイナスを標榜する同社発電設備の実情を探るために潜入したジャーナリストのジニアです。


この小説は3人それぞれの日常を描きながら、自由という概念を読者に改めて問うているように思います。巨大組織を運営するギブソンは高度な管理システムこそが人々の自由な時間を増大させると(善意で)信じています。パクストンは自由ゆえの競争によって自分が敗者になったとうなだれ、ジニアは一方的な管理システムが従業員の自由な思考を奪っていると感じます。


果てが見えないような巨大倉庫に「1984年」「華氏451度」「侍女の物語」といった小説が数冊しか在庫されていないという設定には目まいがしました。それは、クラウド社の思惑ではなく、ただ単に需要がないというだけの理由なのです。そう、人々が自ら自由を放棄していると訴えているのです。

 

ぜ人は困難の末に獲得した自由を自ら手放すのでしょう。自由とは重荷であり、孤独をもたらす恐ろしいものなのかも知れません。フロムの「自由からの逃走」挫折しちゃったけど、これを機会に再読しなくちゃ。

 

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ある船頭の話   オダギリ ジョー

川の流れとトイチの佇む姿がすばらしい。「一幅の絵のよう」という表現はまさにこの映画の冒頭シーンにこそ相応しいと感じました。岩の上から釣り糸を垂れる姿は南画の世界そのものだし、深山とそこに暮らす人々の姿は玉堂の筆が具現化したかのようです。

 

本来なら明るく澄んだ夏の川が暗く表現されていることも印象的でした。振り返ってみれば、仕事を奪われることが決定的なトイチの行く末を暗示していたようにも感じます。

 

たゆたう水の流れに目を奪われると同時に、「惑星ソラリス」の冒頭シーンも思い出されます。水草が揺れる小川の長回しは水の表現としてとは随一だと思っていたのですが、阿賀の流れと柄本明の佇まいが肩を並べました。


公式サイトはこちら

 

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白いリボン   ミヒャエル・ハネケ

第一次世界大戦の足音が近づくドイツの小さな村。住民の多くは男爵家に小作農として雇われ、厳格な牧師の教えに従って暮らしています。ある日、医師が何者かの悪意によって落馬させられたことに端を発し、小さな社会に気味の悪い事件が続くことに。ただでさえ行き場のない閉塞感に覆われた村は疑心暗鬼に満ちてしまい……

 

タイトルの白いリボンとは、牧師が子供たちに純潔を促すものとして巻き付けるものです。正直だと認めてもらえるまで外してもらえません。この点を踏まえて映画を見ると、一連の事件の実行犯は子供達なのだろうと察せられます。

 

大人達は従順さ・純真さを押しつけておきながら自らは様々な欲望に負け、あるいは不正に目をつぶっている。支配構造の最下層にいる子供達が、お前たちこそ白いリボンを巻けと警告したように思えるのです。牧師の長女の意思を込めた視線が示唆的です。

 

モノクロ画面は非常に印象的。晴れた屋外の目が痛くなるような明るさは宗教が押しつける正しさ、手探りしなければ歩けないような夜の暗さは人々が抱える心の闇を表しているかのようで、その極端なまでのコントラストが映画を見る私の心を不穏に揺さぶるのでした。

 

小さなコミュニティに渦巻く嫉妬や憎しみなどを描いた「誰もがそれを知っている」同様、犯人捜しが主題ではなく、残虐性、権力欲など、人間の持つ業をそのまま生の形で観客に提示することがこの映画の目的なのだと感じました。先に見た同監督の「ハッピーエンド」と同じく苦さが残る映画です。再び見たいとは思わないけれど、おそらくいつまでも印象に残り続けるでしょう。

 

なぜ会話がフランス語だったのかは不明。

 

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危険な関係   ロジェ・ヴァディム

退屈した上流階級夫婦の楽しみは恋愛遊戯なのでした。

 

まあ、当の本人達はそれでいいけれど、他人を巻き込まないでほしいものです。ゲーム相手に選ばれた若者達は人生をむちゃくちゃにされてしまい、気の毒なことこの上なし。信じがたいほど無分別な人災夫婦は報いを受けて当然でしょう。

 

ジェラール・フィリップはこの映画でも底の浅い二枚目男役にすぎませんでした。ああ、残念。もしや名作ではの望みは叶わなかった。

 

ジャンヌ・モローはこの映画で能動的に男達を操っていました。2年後の「夜」でも同じように退屈した夫婦の妻役を演じますが、そちらでは完全な無表情、そして受け身な態度。恋愛遊戯にすっかり飽きてしまったかのようです。モローファンは2作続けて見るのも一興かと。

 

公式サイトはこちら。

 

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パンズ・ラビリンス   ギレルモ・デル・トロ、コルネーリア・フンケ

政府軍とレジスタンスが戦いを繰り広げる内戦下のスペイン。仕立て職人の父を亡くしたオフェリアと母のカルメンはレジスタンス掃討部隊のビダル大尉に引き取られ、ガリシアの森の中にある作戦本部へ移ることに。しかし、ビダルは残忍な性格で、関心はレジスタンスを壊滅させることと自分の息子を設けることのみ、母娘には全くの無関心でした。

 

悲嘆に暮れたオフェリは古い納屋を覗き、そこにパン神が彫られた不思議なアーチを見つけます。するとその夜パン神が現れ、彼女が数百年前に亡くなった地底王国王女の生まれ変わりだと告げ、本当の両親の元に帰るための3つの試練を授けるのでした。

 

いやはや、子供向けファンタジーかと思いきや、現実世界の厳しさを容赦なく突きつける胸塞がる物語でした。オフェリアは己の弱さに負けて試練をかいくぐることができず、逆転ホームランのチャンスを与えられてもホームインはできないのです。

 

まだ子供に過ぎず、絶望的な環境下に置かれた彼女が「現実はおとぎ話と違う。マジックなど存在しない」という事実を突きつけられたまま退場してしまったことに唖然としてしまいました。申し訳程度のエピローグではオフェリアが可哀想すぎるというものです。人々が理解し合えば世界はより良くなるといった甘い希望はおとぎ話にしか存在しないよ、と無慈悲に語る恐ろしい一冊でした。

 

物語の悲惨さとは逆に、装丁の美しさには感嘆の声を上げたくなります。ジャケットは凹凸を施すなど凝りに凝っており、さらにその下の表紙にも美しいカラーのイラストが表裏全体に描かれています。造本の美しさは2019年のベストでした。

 

ギレルモ・デル・トロ監督による2006年の同名映画脚本をドイツの作家コルネーリア・フンケが小説化し、2019年に出版されたものです。映画も見なくちゃ。

 

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パリ大混戦   ジャック・ベスナール

パリの高級レストラン支配人セプティムはサービス向上が至上命題。でも、強い者には及び腰、弱い者には高圧的で従業員の受けは今ひとつ。

 

ある日のこと、とある国の大統領が訪れるという栄誉に浴したものの、巨大なデザートが爆発するというハプニング中にその姿が消えてしまい、責任を押しつけられることに。パリ市警、テロリストグループの思惑がもつれ合う中、支配人は大統領を見つけることができるのか?

 

60年代後半のパリを舞台にしたドタバタコメディ。クレージーキャッツやドリフに通じるギャグの連続でした。アルプス山中のカーチェイスは昭和世代の心をくすぐりますよ。今どきの若い人は苦笑するだろうけれど、アラ還にはもはやこれくらいの暢気さがちょうど良い。

 

66年制作にもかかわらずカラーは鮮やかです。当時のパリの街並や風俗も楽しめるし。シャンゼリゼは基本的に変わっていないようですね。支配人の乗るシトロエンDSは今でも現役を張れそうなくらいスタイリッシュ。クルマのデザインもそろそろ回帰してくれないかな。

 

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死の家の記録   フョードル・ドストエフスキー

妻殺しで投獄された貴族アレクサンドル・ペトローヴィチによる獄中観察記。思想犯として死刑判決を受けながらも恩赦によってシベリア流刑に減刑された作者自身の実録と言われているそうです。

 

小説の体裁ですが、確かにこれはある種のドキュメンタリーだと感じます。相手が極悪人であろうが善人(犯罪者なのに!)であろうが、見たままを描写し、そこになんの判断も下していません。後の仕事に使うためのスケッチだったようです。

 

150年以上前のロシアが舞台だとしても、現代人の私がイメージする刑務所とあまりに違いすぎて驚くことばかりでした。その最たるものは、囚人が金品を持ち込むことです。彼らはその財力を活かして酒は買う、女は買う、看守は買収すると、やりたい放題。

 

獄中で囚人が切望するものはもちろん自由。監視され強制労働に従事する彼らは、金の力で自分の意思を実現させることによって自由の味を楽しんでいるのでした。だから、貴族や大盗賊のように金を持ち込めなかった者は塀の中で手仕事、使い走り、金貸し、酒屋などを営んで小金を貯めることに必死なのでした。

 

誰もがクリスマスに対する敬虔な気持を抱いていることは実に意外でした。普段はいがみ合ったり無関心だったりする囚人たちが看守を含めて一致団結し、微笑ましい劇を上演する場面はことに印象的でした。人間って不思議だ。

 

実は40年ぶりの再読でした。しかし、何一つ覚えていなかった。高校生の読書なんてそんなもんだよなあ。

 

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