Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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ドン・キホーテ  セルバンテス

遍歴の騎士が活躍する小説を読みすぎて、現実と虚構の区別がつかなくなったドン・キホーテ。自分も悪を正す正義の騎士になろうと、やせ馬ロシナンテ、従士サンチョ・パンサを伴にドタバタ劇を繰り広げるのですが…

物語に深みがあるわけではなく、滑稽な登場人物が次から次へと事件を巻き起こす娯楽長編。様々なエピソードをある一定量にまとめた連作短編集のような体裁でしたので、気楽に読み進めることができました。

そもそも、「遍歴の騎士」とは、正義を求め、乙女の純潔を守る者だそうで、闘いにおいては想い姫の加護を求める慣わしなんだそうです。

しかし、いつもは良識あるキホーテさん、こと騎士道となると完全に常軌を逸してしまい、誰を見ても騎士か悪人にしか見えない。正義を遂行するどころか、人の持ち物を奪ったり、葬列に襲いかかったりと、やりたい放題。しかも、ことごとく打ちのめされ(歯は全て折れ、肋骨も骨折…)てしまうのですが、自業自得だよなあ、と全く同情できないのでした。

有名な風車のエピソードは最初に登場。しかも実ににあっけない内容で、その後に巻き起こる珍事件に比べれば印象が薄いですね。後半はとある宿屋に集まった人たちの冒険譚が中心で、キホーテの影は薄くなります。

娯楽の少なかった昔(発表は1605年)を想像すれば、冗長な説明さえ歓迎されたのでしょう。一日の終わりにみんなが集まり、文字を読める人が一章ずつ読み進めて楽しんだのではないか、そんな気がする迷作(?)でした。

 

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瘋癲老人日記

恐ろしい、いや、たいしたジジイだ。息子の嫁に脚を舐めさせてもらって大興奮だもんなあ。血圧が上がってこのままでは死ぬと危ぶみながらも、いやそれでも構わないとむしゃぶりつくんです。

このジジイは77才の卯木督助老。左手先は神経痛で動かず、脳溢血の影響で歩行に支障を来し、性的には完全に不能。それゆえ、異常性欲が昂進し、若い肉体に一層執着するんですね。
もはや、家族全員の知るところとなってもいっこうにお構いなし。谷崎の他の主人公同様、マゾヒスティックな喜びにひたすらおぼれ続けるのでした。

死してなお、嫁の颯子(さっこ)の足蹴にされたいと願い、彼女の足形を仏足石にした墓石を作ろうと目論むくだりはすごいのひと言。
死後、颯子の仏足石に踏まれながら「痛い痛いと叫び、痛いけれど楽しい、この上なく楽しい、生きていたときより遙かに楽しいと叫び、もっと踏んでくれ、もっと踏んでくれと叫ぶ」のだとか。

谷崎小説にだいぶ洗脳されてきたのか、このジジイに嫌悪感を感じないどころか、最も親しみを感じますね。
異常に見えるけれど、みんな人に言えない闇を持っている。この老人の場合はそれがひときわ強烈な性欲だったということ。
それを、恥も捨て去り、開き直ってとことん追求するという姿が、疎ましくも好ましいのでした。

 

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A Quiet Life  ナターシャ・ウォルター

第二次世界大戦が現実味を帯びる頃、アメリカの田舎町で暮らすローラは思わぬ遺産を相続し、イギリスの叔母家族を訪ねることに。旅の途中で共産主義者の女性と知り合い、その理想に共感を覚える一方、ロンドンで知った上流階級の雰囲気にも憧れを感じます。

そして、戦争が勃発。イギリスに留まったローラは社交界で交友関係を広げ、外務省に勤めるエリートながら、平等な世の中の実現にも関心を寄せるエドワードと知り合います。
互いに理想の相手だと感じた二人は結婚。ところが、夫はローラの想像が及ばない秘密を抱えており、やがて失踪。生まれたばかりの子どもを抱えたローラは苦境に立たされることになるのですが…

1つ屋根の下に暮らしながら、職業上の理由から本音を語り合うことができない生活。そんな状況で配偶者を持つなど、自分には無理、と思いましたね。
でも、実際、世の中には知り得た情報の守秘義務に縛られた人は多く存在するはずで、そのような配偶者を持つ夫婦も多いはず。ローラとエドワードのように家庭が破綻することはないのだろうかと、にわかに気になるのでした。
当たり障りのない、平凡な人生こそ得がたいものなのだと、改めて思う次第。

そんな私には、最後にローラが示した決断が信じられません。
彼女は良き妻のマスクをかぶり続ける静かな暮らしを捨て、自分のありのままで生きることが可能な道を探ろうとします。その道の先には、大きな困難が待ち構えていることは必至。母や親戚、そして友人を過去のものとして捨て去らねばならないのです。
偽りの生活を良しとしないローラの未来が少しでも明るいものでありますように。

この実在のスパイ夫婦に着想を得た完全なフィクションが著者の小説デビュー作。先が気になるストーリー展開、語りすぎることなく主人公の内面をうかがわせる描写も既に大家の雰囲気があり、この先が楽しみです。

 

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冬の日誌

1947年生まれのポール・オースターが65歳を目前にした冬に自分の人生を振り返った履歴書のような日誌。
そこに記されているのは自ら「呼吸の現象学」と名付けた肉体の記憶。頬や額に負ったけが、交通事故、性欲、死を覚悟した病、肉親の死、その他、人が日常生活で体験するあらゆる出来事に関する記憶を呼び覚ますことで、一個の人間が生きた証しを示しています。

創作にまつわる苦悩や作品の源である世界観などは直接示されていません。オースターが呼び覚ましたのは、あくまで肉体が感じるさまざまな感覚とそれに伴う感情。それは、あらゆる人間が等しく所有するものであり、だから、オースターの人生を振り返りつつ、同時に自分の肉体・感情の歴史も振り返ってみることになるのでした。

私もずいぶん痛い思いをしたし、死がすぐ傍に忍び寄っていたことも一度や二度であはありませんでした。よくぞここまでもったものだ、これからも頼むよ、と己の肉体を労る読後でした。

と、ここまで書いていたら、ドイツ在住の友人から、なんとオースターの新刊「4321」が届きました(ありがとう!!)。なんという偶然! そして、なんという分厚さ! 最近のオースターには珍しいボリュームで800ページを超えています。ああ、読み始めるのが楽しみだ。

 

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痴人の愛

増村監督の同名映画は小沢昭一の怪演が光り、最後の最後で純愛の物語へ転換させる監督の腕前にうならされました。一方、原作のナオミは妖婦を、譲治はマゾヒスティックな態度を貫き通しています。あくまで自由奔放な女とひれ伏し続ける男。増村さんは譲治君を哀れに思い、救いを用意したのかな、と感じますね。

ただ、小説の譲治君に救いは無要。自分が目をつけ、理想にかなうよう教育を施し、そして想像以上に花開いてくれた女です。淫蕩な性格まで育ってしまい、嘘を重ねながら大勢の男と関係を持つようになってしまったことは計算外でしたが、西洋人のような容姿や魅惑的な足(脚)に抗うことは不可能なのです。

譲治君にとってナオミは神なのでしょう。古今東西あまた存在する(?)神様の例に漏れず、ナオミ神もとても意地悪です。無条件の崇拝を受けながら、与えるものはわずかな恵みと多大な厄災。でもだからこそ、振り向いてもらえたときには恍惚感を覚えてしまうのでしょう。

谷崎潤一郎を読み続けていくと、人にはある種の力に盲従したくなる傾向が隠れているのだな、と感じるようになります。今は人の命に従うことが難儀だと感じている私も、もしかしたら何かをきっかけとして、そこに悦楽の境地を感じてしまうかもしれない。おお、やだやだ。怖い作家です。

 

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きもの 幸田文

その昔、呉服販売にも携わったことがあり、なんとなく着物のことは知っているつもりになっていました。でも、着心地については考えたこともなく、肌触りを重視する主人公るつ子の着物選びに目から鱗が何枚も落ちることとなりました。
なるほど、肌に触れる感触は重要ですよね。実際に身にまとったことがない故の盲点でした。

大正末期の東京下町で両親、祖母、2人の姉と暮らするつ子の物語。着物への接し方を通して彼女の成長を見届けることになるのですが、実に清々しい読後感です。
美しい心の持ちようを記録したような小説で、読んでいると、自然に背筋が伸び心が澄み渡るのを感じます。

るつ子の世界観を正しい方向に導くのは、小利口でさもしい根性を嫌う祖母。決して高圧的ではなく、時宜にかなった適切な教えは、読み手の私の心にも素直に響くのでした。
なんだか、るつ子と机を並べながら世の中のことを学んでいく気分です。ああ、覚悟して服を着たことなんかなかったなあ。

 

この小説、中身もさることながら、装丁も素晴らしかった。まさに着物をまとっているようで、手に取る楽しさも格別でした。文庫やデジタル本では味わうことのできない贅沢です。これが100円だなんてねえ。

 

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ゴールドフィンチ ドナ・タート

せっかくサインまでもらったのに、あまりの分厚さ(弁当箱よりでかい!)に怯んでしまい、数年来積ん読状態だった「The Goldfinch」。翻訳も出てしまったことだし、ここらでいっちょう読んでみるかと手に取ったところ…


止まらない、止まらない!  前評判通りのおもしろさに毎週末は外出もままならず。1カ月以上首までドナ・タートの世界に浸かりきりでした。

ニューヨークの美術館で爆破事件に巻き込まれたテオ。母を失い、ファブリティウスの名作「ゴールドフィンチ」を持ち出してしまったことを振り出しに、想像もしなかった人生を歩むことになります。

テオを取りまく人々の中でとりわけ印象的だったのは、彼を父のように見守る家具職人のホビーと、トラブルの匂いを紛々とまき散らす、けれど無二の友人ボリスです。ホビーは善という価値を体現するような聡明さと落ち着きでテオをつなぎ止め、一方のボリスは軽いのりでテオを縦横無尽に厄災の世界へ誘います。

おもしろいのは、このあやしいボリス君が聡明な人生観を持っていること。世の中は白黒をはっきりつけられものではないし、正しい行いが良い結果を、誤った行いが悪い結果を導くものではない、だから四角四面に考える必要はないと考えています。いちばん好きな人と一緒になるのは地獄だという異性観なんて、まるで人生を達観した親爺のようです。

ああ、それにしても、この大作の感想を手短にまとめることは至難の業。逆に言えば、焦点の当て方によってさまざまに楽しむことが可能なので、しばらくはこの物語の話題で何度も酒を飲めそうです。一緒に盛り上がれる人がはやく現れてほしい!

 

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つゆのあとさき 荷風とさだまさし

「一人歩きを始める 今日は君の卒業式
 僕の扉を開けて すこしだけ涙をちらして」

と始まるさだまさしの「つゆのあとさき」
2人がどのような関係なのか、さまざまな可能性があり、この曲を知っている人たちとあれこれ想像し合ったものです。

今回永井荷風の同名の小説を読んで、さだまさしの歌詞がどのような状況を示しているのか、1つの手がかりを得たような気がします。

小説の舞台は昭和初期。カフェーで女給として働く君江の奔放な生活と、女性を軽く見ている男達の軽薄な生活をのぞき見するような筋立てです。

君江は何しろ刹那的。17歳で上京してからというもの、男を次から次へと変える享楽的な生活を送り続け、それを良しとする態度なのです。特定の男と落ち着いた関係はあり得ません。
新進作家の清岡は妻を追い出し、自分の女だと自負している君江に商売でもやらせようという魂胆を持っていますが、貞操観念のない君江は場当たり的に出会う男たちと関係を持ち続けるばかり。

この小説を踏まえ、そのタイトルを拝借したさだまさしの歌に戻ってみると、やはり男女の別れの歌なのだと思いました。浮気な女性とあきらめきれない男の別れの場面。

新しい恋人を見つけた彼女から別れの言葉を告げられる前に、僕は自ら「さよならと書いた卒業証書」を渡そうとしたのだと思います。ぼくが切り出したのだから、君はやましさを感じる必要などない。僕は君の全てを受け入れるという強がり。

でも、二股を掛けた負い目を持つ彼女は「ごめんなさい わすれないと」と言い、「息を止めて 次の言葉を探し」ながら、「悲しい仔犬の様に ふるえる瞳をふせた」のではないでしょうか。

修羅場になりそうな別れの情景を美しい物語へと昇華させたさだまさしの才能に改めて脱帽。そして、女給たちの赤裸々な姿を描き出せるほど彼女たちに溶け込んでいた(という)永井荷風の洒脱な生き方にも畏敬の念を覚えるのでした。

 

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陰翳礼讃

江戸期までに作られた美術品・工芸品をろうそくの灯りだけで鑑賞する、という企画を、以前、日曜美術館で見たことがありました。
ほのかな光に浮かび上がる金銀の装飾は、隅々まで照らす明るい照明の下とは全く異なる姿を見せ、幽玄な印象を抱いたことを覚えています。

その効果を谷崎潤一郎は昭和初期に示していました。さすがですねえ。
手に取った文庫には、他に「恋愛及び色情」「懶惰の説」「旅のいろいろ」などの随筆も収録され、うん、うんと頷きながら楽しむことができました。

というのも、これ、基本的には「今の文明は味気なさすぎる!」と嘆く老人(とはいえ、この時40代後半)の繰り言だからなんですね。もちろん、目の付け所と文章の操り方はさすが文豪ですから、さまざまに唸らされることになりますが、基本的な心情は年配者に共通のもの。そうだよねえ、と共感するんだなあ。

きっと、落語の「小言幸兵衛」のように、目につくものを片っ端から文句をつけて歩いたんだろうなあ。歴代奥様やその姉妹たちは作家に心酔していただろうけれど、女中さんたちは「また始まった! 本当にうるさいんだから」と陰口をたたいていたに違いない。そんな妄想に耽りながら読んでいると、なおのこと楽しいです。

 

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恋歌

天狗党と諸生党の争いにより、藩内が二分された幕末の水戸藩。江戸屋敷のひいきに預かった池田屋の娘、登世は、一目惚れした藩士の元に嫁いだものの、時代の激流に翻弄されて辛酸をなめることに。危ういところで一命を取り留めた彼女が維新後、己の才覚で人生を切り開いていった覚悟とは…

登世が、争いを生むことになった元藩主(烈公)の未亡人であり、現藩主の母、貞芳院に釣りの手ほどきを受ける場面があります。その時、貞芳院が「人は群れるとろくでもない生き物」だと嘆いたように、復讐はさらなる復讐を呼び、惨劇の連鎖は水戸藩内のみならず、全国各地へ広がり出してします。

しかし、胸の奥でうずくはずの恨みをや嘆きを抑え込み、その鎖を断ち切ろうとした登世の決断は見事だった。それは、奇しくも冲方丁が「光圀伝」の中で義を全うさせた光圀の姿と完全に二重写しになるものでした。
水戸藩に受け継がれた美しい価値観に感じ入る一方、光圀から始まった財政難が登世たちに災いを成したことを思うと複雑な気分です。

二人の異なる作家が記した別個の物語なのに、示し合わせたかのような関連性。こんなことがあると、さらに読書の楽しみが広がります。

 

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