Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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ジヴェルニーの食卓

マティスとピカソ、ドガ、セザンヌ、モネの人生を垣間見せてくれる4つの物語を収めた短編集。

新しい絵画の時代を代表するこれら画家の作品は各種の展覧会でたびたび目にする機会があり、身近な印象を覚えていましたが、さて、ご本人たちについて思いを馳せると具体像が何も浮かばす、身近とはいいがたい存在でした。

原田さんは画家を取り巻く人たちの目を通して彼らの日常や制作の現場を再現して見せ、彼らが創作に苦悩するばかりではなく、ささやかな出来事に心を楽しませたり、些事に煩わされたりする一人の人間であったことを示してます。

印象派の作品そのもののように光に満ちていて、できるものなら額に入れて飾っておきたいと思わせる美しい物語たちでした。

 

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The World According to Bob(ボブがくれた世界 ぼくらの小さな冒険)

ボブを世界的有名猫にした「ボブという名のストリート・キャット」の続編です。

両親の離婚をきっかけに薬物依存症となり、若くしてホームレス生活を送っていたジェームズ君でしたが、「ビッグイシュー」を路上販売することで、なんとかその日暮らしを維持できるまでに快復。
ある日、そんな彼の前に迷い猫が現れ、「選ばれてしまった」ジェームズ君はアパートで共同生活を送ることに。

ひとつの命を預かったジェームズ君の生活はその日を境に変わり始めます。やがて、彼らは互いの孤独を癒し合い、ベストパートナー、ソウルメイトとして絆を深め、ついにはストリート生活と決別、希望を獲得することになるのでした。

猫好きにはたまらないエピソード満載です。ただ、この著作の魅力はチャーミングな「ボブ」の活躍だけにあるのではありません。どん底の暮らしにあえぎ、なんとかそこから這い上がろうとするジェームズ君の努力と挫折が、本人の率直な言葉で、しかも、深刻にならない口調で記されている点が共感を誘い、世の中で苦闘する大勢の人々に対する新たな視線を提示してくれたことが素晴らしい。

ボブはジェームズ君の生活を救っただけではないのです。まさにスーパーキャット。

そう、そしてこの本を読んでいる間中、共に過ごした猫たちとの思い出がまざまざとよみがえり(私も猫に選ばれた口でした)、楽しくも切ない気持に浸ってしまいました。最後に残った雄猫との日々を大切に過ごそう、改めてそう思わせてくれた1冊です。

 

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初恋

受験を控えた夏を過ごすため、両親と共にモスクワの別荘を訪れたウラディーミル(ヴォリデマール)君、16才。隣家に滞在していたのは夫の死で困窮生活を余儀なくされた公爵夫人と21才の美しい娘ズィナイーダ。

一目で恋に落ちたウラディーミル君でしたが、ライバルが目白押し。こりゃあ、最年少の自分に勝ち目はないなあ、と思いつつ、あこがれのお姉様を追いかけ回すのですが、実は本当のライバルが意外なところに潜んでいるのでした。

種明かししてしまいますが、ズィナイーダがあこがれたのはウラディーミル君の父親。なんという、嫌な状況でしょう。

妻が10才年上で、金銭尽くの結婚だといっても、息子の恋愛対象を奪うことはないじゃないですか。40にして迷わずどころか、ズィナイーダを別邸に囲ったり結婚を迫ったりと、若者顔負けの猪突ぶり。息子の人格形成に影を落とすなんてことは想像の埒外のようです。ああ、こまった親父だ。でも、それが恋というものなのかなあ。

奥付の発行日を見ると、私は高校1年か2年の頃にこの本を読んでいたようです。でもあの頃、本当にこの物語を楽しんだとは思えない。再読して良かった。併載の「片恋」は一転して、煮え切らない性格故に恋を失う男のお話。これも同様楽しめました。

が、どちらにしろ、貴族のお坊ちゃまたちは気楽で好いよなあ、という身も蓋もない感想も浮かんだりするのです。

カバー写真の女優が気になって調べたところ、なんと、ドミニク・サンダでした。映画「初恋」が3作目。
デビュー作「やさしい女」ではトラブルのにおいを紛々とさせた挑戦的な視線が印象的でした。
映画も観てみたいな。

 

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若冲  澤田瞳子

芸術に接するとき、作品のみを鑑賞してその存在を味わう、または、作家の境遇を知り、創作の苦心を斟酌しながら味わうといった異なるアプローチがあると思います。若冲はその生涯が明らかになっていないため、近年では(辻惟雄さんが再発見した後)作品そのものの力だけで人々の心を掴んできました。ところが、澤田さんが苦悩に満ちた絵師の人生を描いてくれたことにより、絵に込められた思いを想像(妄想)しながら鑑賞するという楽しみが開けました。

もちろん、小説は想像の産物。あくまで小説家の創作ですから、若冲作品の正しい解釈というわけではないでしょう。でも、こんな風に想像することも可能なんだと示してくれたことに目から鱗が落ちる思いでした。

若冲の詳細すぎる彩色絵に対して、現在は「動植物の姿がリアルに描かれた生命賛歌」という感想が多数を占めています。しかし、澤田さんは「鬱屈した異様で生気を感じない絵」だと評し、その原因を架空の設定及び人物の存在に帰しています。いやはや、小説家の面目躍如というところですね。

そんな澤田さんも「鳥獣花木図」だけは生の喜びに満ちた作品だと評価し、若冲の到達点として扱っています。小説を読み進むうち、3年前、実際にこの目で見た折の心の昂ぶりが甦ってきました。あれは本当に楽しい絵だった。そして、己の独自性を屈託なく自慢しているようにも感じられ、いつまでも絵の前から離れられなかったことを思い出します。

 

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In the Month of the Midnight Sun セシリア・エクバック(Cecilia Ekbäck)

スウェーデン内陸部ブラッカセン山を仰ぐ小さな村。教会で3人が殺害される事件が起こり、犯人とおぼしきラップ族の老人が逮捕された。先住民の蜂起を恐れた法務相は養子である地質学者マグヌスに現地調査を命じ、同時に、頭痛の種である娘ロヴィサを同行させて厄介払いを目論む。

到着した村は謎めいた雰囲気に包まれていた。子どもの姿が見あたらず、住民はマグヌスの質問に固く口を閉ざす。そして教会脇ではラップ族の老婆が一人きりでキャンプ生活を送り、村はずれには彼らが作った迷路。いったいこの村はどんな秘密を抱えているのか…

基本は事件の真相を探るミステリー。調査の進展と共に、村で起きた過去の忌まわしい事件とラップ族の集団で起きた事件が交錯し合い、悲劇の連鎖が続くことになります。

謎解きの楽しみとは別に、まず、白夜の北極圏という日本人の私には完全に異世界な舞台そのものに強く惹きつけられました。そしてあの世から語りかけるラップ族シャーマンがもたらす呪術的な雰囲気。「ツイン・ピークス」ほどあざとくはないけれど、読み手の興味を逸らさない設定にまんまとはまってしまったのでした。

彼の地で図らずも出自の秘密を知ってしまったマグヌスと、生き延びるために文明社会から身を隠すことになるロヴィサのその後が気になります。
謎解きはなくても構わないので、2人のその後を、そして村のその後を書いてほしいと思うのでした。

 

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ドン・キホーテ  セルバンテス

遍歴の騎士が活躍する小説を読みすぎて、現実と虚構の区別がつかなくなったドン・キホーテ。自分も悪を正す正義の騎士になろうと、やせ馬ロシナンテ、従士サンチョ・パンサを伴にドタバタ劇を繰り広げるのですが…

物語に深みがあるわけではなく、滑稽な登場人物が次から次へと事件を巻き起こす娯楽長編。様々なエピソードをある一定量にまとめた連作短編集のような体裁でしたので、気楽に読み進めることができました。

そもそも、「遍歴の騎士」とは、正義を求め、乙女の純潔を守る者だそうで、闘いにおいては想い姫の加護を求める慣わしなんだそうです。

しかし、いつもは良識あるキホーテさん、こと騎士道となると完全に常軌を逸してしまい、誰を見ても騎士か悪人にしか見えない。正義を遂行するどころか、人の持ち物を奪ったり、葬列に襲いかかったりと、やりたい放題。しかも、ことごとく打ちのめされ(歯は全て折れ、肋骨も骨折…)てしまうのですが、自業自得だよなあ、と全く同情できないのでした。

有名な風車のエピソードは最初に登場。しかも実ににあっけない内容で、その後に巻き起こる珍事件に比べれば印象が薄いですね。後半はとある宿屋に集まった人たちの冒険譚が中心で、キホーテの影は薄くなります。

娯楽の少なかった昔(発表は1605年)を想像すれば、冗長な説明さえ歓迎されたのでしょう。一日の終わりにみんなが集まり、文字を読める人が一章ずつ読み進めて楽しんだのではないか、そんな気がする迷作(?)でした。

 

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瘋癲老人日記

恐ろしい、いや、たいしたジジイだ。息子の嫁に脚を舐めさせてもらって大興奮だもんなあ。血圧が上がってこのままでは死ぬと危ぶみながらも、いやそれでも構わないとむしゃぶりつくんです。

このジジイは77才の卯木督助老。左手先は神経痛で動かず、脳溢血の影響で歩行に支障を来し、性的には完全に不能。それゆえ、異常性欲が昂進し、若い肉体に一層執着するんですね。
もはや、家族全員の知るところとなってもいっこうにお構いなし。谷崎の他の主人公同様、マゾヒスティックな喜びにひたすらおぼれ続けるのでした。

死してなお、嫁の颯子(さっこ)の足蹴にされたいと願い、彼女の足形を仏足石にした墓石を作ろうと目論むくだりはすごいのひと言。
死後、颯子の仏足石に踏まれながら「痛い痛いと叫び、痛いけれど楽しい、この上なく楽しい、生きていたときより遙かに楽しいと叫び、もっと踏んでくれ、もっと踏んでくれと叫ぶ」のだとか。

谷崎小説にだいぶ洗脳されてきたのか、このジジイに嫌悪感を感じないどころか、最も親しみを感じますね。
異常に見えるけれど、みんな人に言えない闇を持っている。この老人の場合はそれがひときわ強烈な性欲だったということ。
それを、恥も捨て去り、開き直ってとことん追求するという姿が、疎ましくも好ましいのでした。

 

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A Quiet Life  ナターシャ・ウォルター

第二次世界大戦が現実味を帯びる頃、アメリカの田舎町で暮らすローラは思わぬ遺産を相続し、イギリスの叔母家族を訪ねることに。旅の途中で共産主義者の女性と知り合い、その理想に共感を覚える一方、ロンドンで知った上流階級の雰囲気にも憧れを感じます。

そして、戦争が勃発。イギリスに留まったローラは社交界で交友関係を広げ、外務省に勤めるエリートながら、平等な世の中の実現にも関心を寄せるエドワードと知り合います。
互いに理想の相手だと感じた二人は結婚。ところが、夫はローラの想像が及ばない秘密を抱えており、やがて失踪。生まれたばかりの子どもを抱えたローラは苦境に立たされることになるのですが…

1つ屋根の下に暮らしながら、職業上の理由から本音を語り合うことができない生活。そんな状況で配偶者を持つなど、自分には無理、と思いましたね。
でも、実際、世の中には知り得た情報の守秘義務に縛られた人は多く存在するはずで、そのような配偶者を持つ夫婦も多いはず。ローラとエドワードのように家庭が破綻することはないのだろうかと、にわかに気になるのでした。
当たり障りのない、平凡な人生こそ得がたいものなのだと、改めて思う次第。

そんな私には、最後にローラが示した決断が信じられません。
彼女は良き妻のマスクをかぶり続ける静かな暮らしを捨て、自分のありのままで生きることが可能な道を探ろうとします。その道の先には、大きな困難が待ち構えていることは必至。母や親戚、そして友人を過去のものとして捨て去らねばならないのです。
偽りの生活を良しとしないローラの未来が少しでも明るいものでありますように。

この実在のスパイ夫婦に着想を得た完全なフィクションが著者の小説デビュー作。先が気になるストーリー展開、語りすぎることなく主人公の内面をうかがわせる描写も既に大家の雰囲気があり、この先が楽しみです。

 

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冬の日誌

1947年生まれのポール・オースターが65歳を目前にした冬に自分の人生を振り返った履歴書のような日誌。
そこに記されているのは自ら「呼吸の現象学」と名付けた肉体の記憶。頬や額に負ったけが、交通事故、性欲、死を覚悟した病、肉親の死、その他、人が日常生活で体験するあらゆる出来事に関する記憶を呼び覚ますことで、一個の人間が生きた証しを示しています。

創作にまつわる苦悩や作品の源である世界観などは直接示されていません。オースターが呼び覚ましたのは、あくまで肉体が感じるさまざまな感覚とそれに伴う感情。それは、あらゆる人間が等しく所有するものであり、だから、オースターの人生を振り返りつつ、同時に自分の肉体・感情の歴史も振り返ってみることになるのでした。

私もずいぶん痛い思いをしたし、死がすぐ傍に忍び寄っていたことも一度や二度であはありませんでした。よくぞここまでもったものだ、これからも頼むよ、と己の肉体を労る読後でした。

と、ここまで書いていたら、ドイツ在住の友人から、なんとオースターの新刊「4321」が届きました(ありがとう!!)。なんという偶然! そして、なんという分厚さ! 最近のオースターには珍しいボリュームで800ページを超えています。ああ、読み始めるのが楽しみだ。

 

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痴人の愛

増村監督の同名映画は小沢昭一の怪演が光り、最後の最後で純愛の物語へ転換させる監督の腕前にうならされました。一方、原作のナオミは妖婦を、譲治はマゾヒスティックな態度を貫き通しています。あくまで自由奔放な女とひれ伏し続ける男。増村さんは譲治君を哀れに思い、救いを用意したのかな、と感じますね。

ただ、小説の譲治君に救いは無要。自分が目をつけ、理想にかなうよう教育を施し、そして想像以上に花開いてくれた女です。淫蕩な性格まで育ってしまい、嘘を重ねながら大勢の男と関係を持つようになってしまったことは計算外でしたが、西洋人のような容姿や魅惑的な足(脚)に抗うことは不可能なのです。

譲治君にとってナオミは神なのでしょう。古今東西あまた存在する(?)神様の例に漏れず、ナオミ神もとても意地悪です。無条件の崇拝を受けながら、与えるものはわずかな恵みと多大な厄災。でもだからこそ、振り向いてもらえたときには恍惚感を覚えてしまうのでしょう。

谷崎潤一郎を読み続けていくと、人にはある種の力に盲従したくなる傾向が隠れているのだな、と感じるようになります。今は人の命に従うことが難儀だと感じている私も、もしかしたら何かをきっかけとして、そこに悦楽の境地を感じてしまうかもしれない。おお、やだやだ。怖い作家です。

 

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