Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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蓼喰う虫   谷崎潤一郎

要と美佐子の夫婦は性的不一致のために離婚予定。しかも、妻が新しい男と毎日のように逢瀬を重ねていることも夫は容認しています。ただ、子供が幼いため、その日をいつにするのかぐずぐずと決めかね、あまりの煮え切らない二人の態度に、仲介役の友人も呆れ気味。

 

そんな日々にあって、要は妻の父親につきあって、度々浄瑠璃見物に出かけます。最初は全く興味のわかなかった要でしたが、淡路島のひなびた浄瑠璃に触れ、その素朴な芸に魅せられはじめ、やがて女性に対する好みにも変化が生じる気配が。

 

さて、いよいよ離婚話の決着をつけるために老人宅を訪ねた要は、外で話をする妻と老人を待つことになります。その間、老人と30歳以上歳の離れた妾、お久と二人きりとなり、薄暗い明かりの中で見る彼女の顔が淡路島で見た人形の顔に重なって感じられるのでした。

 

現代日本社会においてこの夫婦の有り様は特に珍しくもありませんが、発表当時は斬新だったかもしれません。いかにも谷崎小説らしい設定です。しかし、この小説の本題は、老人の口を通して語られる古い日本的価値に対する賛美であるように思いました。少々強引に挿入される浄瑠璃の描写がくどすぎるほど詳細で、本筋より力が入っていますからね。「陰影礼賛」を小説に仕立て上げたらこんな感じかな。

 

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日本橋   泉鏡花

行方不明の姉に似た面差の芸者清葉に恋した学士の葛木。雛の節句の翌日にきっぱりと振られてしまい、出家を覚悟。その帰りがけ、姉の志に従って一石橋から蛤と栄螺を川に放すのですが、巡査に見とがめられて厳しく尋問されてしまいます。

 

そこに行き会ったのが清葉をライバル視するお孝でした。夫が放生会をしただけだと助け船を出すと、そのまま葛木を一晩引き留め、失恋の一部始終を聞き出します。二人はわりない仲になるのでしたが……

 

そのまま情緒を漂わせて静かに終わるのかと思いきや、なんと、火事に端を発した怒濤のラストシーンが待っていました。いやはや、驚いたのなんの。

 

心を病んだお孝が火の粉を雪と勘違いして両袖に受け止める場面の妖しさといったらありません。燃え盛る炎が赤く目の前に浮かび、肌を焦がしそうな熱さえ感じます。逃げ惑う人々の悲鳴や怒号がすさまじい。くっきりと映像を結ばせてしまう筆力には恐れ入るばかり。

 

まるで映画を見ているようです。そう思うと、この作品は登場人物に共感を寄せる物語というより、失われつつある風俗を洗練された形で残すことを目的としていたのかもしれません。「細雪」と通じるところが大きいと感じました(そういえば、赤熊なんて谷崎小説に登場しそうなキャラクターです)。

 

本の装丁もため息ものでした。小村雪岱の筆になる表紙と見返しの装画を見るだけでもこの本を手に入れた甲斐があるというものです。なんとも贅沢。

 

 

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The Warehouse   ロブ・ハート

 

全米100か所以上に配送施設を有し、3000万人の従業員を抱える巨大企業クラウド。それぞれが1つの自治体として機能するほどで、職場は勿論のこと住居、娯楽施設、発電施設、病院、電車まで備えていますが、一方、そこで働く人々は装着したリストバンドによって完全に管理されているのでした。


主役は膵臓がんを宣告され余命を施設訪問に費やすクラウド設立者ギブソンと2人の新入社員。1人はクラウド社の値引圧力によって失職した元製造業社長パクストン、もう1人はカーボンマイナスを標榜する同社発電設備の実情を探るために潜入したジャーナリストのジニアです。


この小説は3人それぞれの日常を描きながら、自由という概念を読者に改めて問うているように思います。巨大組織を運営するギブソンは高度な管理システムこそが人々の自由な時間を増大させると(善意で)信じています。パクストンは自由ゆえの競争によって自分が敗者になったとうなだれ、ジニアは一方的な管理システムが従業員の自由な思考を奪っていると感じます。


果てが見えないような巨大倉庫に「1984年」「華氏451度」「侍女の物語」といった小説が数冊しか在庫されていないという設定には目まいがしました。それは、クラウド社の思惑ではなく、ただ単に需要がないというだけの理由なのです。そう、人々が自ら自由を放棄していると訴えているのです。

 

ぜ人は困難の末に獲得した自由を自ら手放すのでしょう。自由とは重荷であり、孤独をもたらす恐ろしいものなのかも知れません。フロムの「自由からの逃走」挫折しちゃったけど、これを機会に再読しなくちゃ。

 

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パンズ・ラビリンス   ギレルモ・デル・トロ、コルネーリア・フンケ

政府軍とレジスタンスが戦いを繰り広げる内戦下のスペイン。仕立て職人の父を亡くしたオフェリアと母のカルメンはレジスタンス掃討部隊のビダル大尉に引き取られ、ガリシアの森の中にある作戦本部へ移ることに。しかし、ビダルは残忍な性格で、関心はレジスタンスを壊滅させることと自分の息子を設けることのみ、母娘には全くの無関心でした。

 

悲嘆に暮れたオフェリは古い納屋を覗き、そこにパン神が彫られた不思議なアーチを見つけます。するとその夜パン神が現れ、彼女が数百年前に亡くなった地底王国王女の生まれ変わりだと告げ、本当の両親の元に帰るための3つの試練を授けるのでした。

 

いやはや、子供向けファンタジーかと思いきや、現実世界の厳しさを容赦なく突きつける胸塞がる物語でした。オフェリアは己の弱さに負けて試練をかいくぐることができず、逆転ホームランのチャンスを与えられてもホームインはできないのです。

 

まだ子供に過ぎず、絶望的な環境下に置かれた彼女が「現実はおとぎ話と違う。マジックなど存在しない」という事実を突きつけられたまま退場してしまったことに唖然としてしまいました。申し訳程度のエピローグではオフェリアが可哀想すぎるというものです。人々が理解し合えば世界はより良くなるといった甘い希望はおとぎ話にしか存在しないよ、と無慈悲に語る恐ろしい一冊でした。

 

物語の悲惨さとは逆に、装丁の美しさには感嘆の声を上げたくなります。ジャケットは凹凸を施すなど凝りに凝っており、さらにその下の表紙にも美しいカラーのイラストが表裏全体に描かれています。造本の美しさは2019年のベストでした。

 

ギレルモ・デル・トロ監督による2006年の同名映画脚本をドイツの作家コルネーリア・フンケが小説化し、2019年に出版されたものです。映画も見なくちゃ。

 

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死の家の記録   フョードル・ドストエフスキー

妻殺しで投獄された貴族アレクサンドル・ペトローヴィチによる獄中観察記。思想犯として死刑判決を受けながらも恩赦によってシベリア流刑に減刑された作者自身の実録と言われているそうです。

 

小説の体裁ですが、確かにこれはある種のドキュメンタリーだと感じます。相手が極悪人であろうが善人(犯罪者なのに!)であろうが、見たままを描写し、そこになんの判断も下していません。後の仕事に使うためのスケッチだったようです。

 

150年以上前のロシアが舞台だとしても、現代人の私がイメージする刑務所とあまりに違いすぎて驚くことばかりでした。その最たるものは、囚人が金品を持ち込むことです。彼らはその財力を活かして酒は買う、女は買う、看守は買収すると、やりたい放題。

 

獄中で囚人が切望するものはもちろん自由。監視され強制労働に従事する彼らは、金の力で自分の意思を実現させることによって自由の味を楽しんでいるのでした。だから、貴族や大盗賊のように金を持ち込めなかった者は塀の中で手仕事、使い走り、金貸し、酒屋などを営んで小金を貯めることに必死なのでした。

 

誰もがクリスマスに対する敬虔な気持を抱いていることは実に意外でした。普段はいがみ合ったり無関心だったりする囚人たちが看守を含めて一致団結し、微笑ましい劇を上演する場面はことに印象的でした。人間って不思議だ。

 

実は40年ぶりの再読でした。しかし、何一つ覚えていなかった。高校生の読書なんてそんなもんだよなあ。

 

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青眉抄   上村松園

松園の描く女性は、ありのままの美しさを捉えたというより、女性自身が追い求める理想を表現したものではないかと感じていました。清方と比べて見ると一層その感が深まります。今回、この小文集を手に取ってみて、その感想がまんざら的を外したものではなかったと、安堵。

 

芸術家が創作に向かう動機は千差万別だと思います。松園は「芸術を以て人を済度したい」と願い、自ら生活を律しながら作業に打ち込んでいたようです。「その絵を見ていると邪念の起こらない、また邪な心を持っている人でも、その絵に感化されて邪念が清められる……」という願いがまさに画幅上に結晶していると感じます。

 

本文集では、代表作を描くに至ったきっかけ、創作過程を自ら記している点が非常に興味深かった。

 

松園が活躍した当時の画家らは戦意高揚を目的とした協力を強要されています。美人画を専門とした彼女も例外ではなく、開戦直前に慰問を主目的とした中国旅行に重い腰を上げています。戦時下の緊張感が全く感じられない旅行記は彼女なりの柔らかな抵抗だったのかもしれません。

 

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未成年   イアン・マキューアン

病気の治療を巡る未成年本人の意思を支持するべきか否かの判断を迫られることになった裁判官フィオナ。未成年であっても本人の意思を尊重するよう求める英国の法令があるにもかかわらず、彼女は宗教上の理由で輸血を拒む少年の治療を命じました。

 

一命を取り留めた少年でしたが、間もなく60歳を迎えるフィオナに憧憬の念を抱き、求愛する事態に。大学教授の夫との間で問題を抱えていた彼女は並外れて聡明な少年の熱意にふと惑わされ、些細な、しかし彼の生命に係わる過ちを犯してしまうのでした。

 

常に子供の福祉を最優先にしてきた優秀な裁判官が一瞬の感情の昂ぶりに抗えず、一度は助けた少年を絶望の淵に追いやってしまったことは、ただただ残念。フィオナは職業倫理にもとる人物だと批難されるでしょう。

 

しかし、感情を持つ人間である以上、裁判官だって過ちを犯してしまうことは想像に難くありません。フィオナを批判することは簡単ですが、彼女にあれ以上の選択ができたとは思えない。だって、われわれは不完全な存在なのだから。

 

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エルヴィスから始まった   片岡義男

ベトナム戦争まっただ中の1971年に出版され(「ぼくはプレスリーが大好き」)、後に改題された評論。アメリカ合衆国の社会状況と問題点を建国にまで遡り、ロックンロールが生まれるに至った音楽の歴史や若者文化の変遷と結びつけて俯瞰しています。

 

そして、音楽を含む社会のさまざまな現象のいずれかを通して「覚醒」することが重要だと説いているように感じます。無自覚に既存の制度に取りこまれたままでは、強者に利用されるだけ。覚醒して自律しようという啓蒙の書でもあるようです。

 

ただ、文章が簡潔に過ぎるので論旨展開について行けないこともしばしば。当時の社会情勢にうとい私のような読者のために、接続詞・接続フレーズを補足した改訂版を出して欲しいなあ。

 

ともあれ、片岡義男の本領は評論にあり、です。

 

現在、片岡さんは全作品を電子化中だとか。本作は公式サイト青空文庫で無料公開中。

 

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わたしのいるところ   ジュンパ・ラヒリ

語り手は大学創作科に務める45歳の女性教員。幼い頃に体験した両親の不和、失敗した自らの結婚生活などが現在の暮らしに影を落とし、自分の生活、居場所がかりそめのものにしか感じられません。

 

彼女の静かな日々は映画「パターソン」の平穏な日常を思い出させました。ただ、パターソン君はありふれた生活の中に詩を見いだし続けて日々に満足していたけれど、こちらの彼女は、人生はかりそめに過ぎないという諦観を抱きつつも充足することがありません。

 

新しい場所で何かが起きるかも知れないという期待も捨てきれない。慣れた土地を離れる寂しさと孤独を相棒とし続けることのどちらを選ぶべきなのか。

 

「低地」の熱さに焼き尽くされた身としては、半分あの世に足を踏み入れているかのような語り手の体温の低さに戸惑ってしまいますが、一方で、外国語であるイタリア語を使うことで新たな作品の可能性を探ろうとする著者の態度には敬服するばかり。次作も期待しています。

 

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蒲団   田山花袋

有名なラストシーンはなかなか強烈な印象を残します。ただ、読み手の私もいろいろ経験を重ねてくると、主人公の行為を単純に「気持ち悪い!」と斬り捨てることができないなあ。

 

兼業作家の時雄が妻子ある身でありながら同居させた内弟子の若さにくらくらしてしまい、妻を亡きものにして後添えに迎えたいと懊悩する姿は確かに醜悪です。恋心を募らせるながらも世間の目を恐れるあまり、想いを告げることも妻と別れることもせず、ひたすら悶々とするだけだなんて、全くもって文学者の態度とも思えない(いや、文学者だからか)。

 

策を弄した挙げ句に芳子を失った主人公に対しては、自業自得だよねと思うものの、いや、お前だって人のことは言えないだろうという声がどこからともなく聞こえてくるような。恋愛に限らず、様々な欲望と世間体の間で足掻くのが人というものですから。私もずいぶんじたばたしました。

 

この小説では時雄の周囲の人々が、文学者という表向きの態度にひたすら恐れ入ってしまうのだけれど、心の内でどんなことを思っていたのやら。妻は芳子に彼氏が出来たことで「無用な心配はしていません」という態度に変わりますが、本当は若い体に未練たっぷりの夫の気持ちを見抜いていたと思うのです。芳子本人も中年男の欲望を感じながら、その想いを逆手にとって居候を決め込み、自分の都合の好いように利用していた可能性だってあります。人の気持ちばかりは分かりません。

 

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