Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
<< March 2024 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

小早川家の秋   小津安二郎

京都で造り酒屋を営む小早川(こはやがわ)家。主人の万兵衛は妻を亡くして隠居の身となり、店は長女文子夫婦が仕切っています。彼らの喫緊の悩みは早逝した長男の未亡人秋子と次女紀子の縁談、そして大手企業との合併話。どちらも進展しない中、万兵衛とかつての愛人の間で焼け木杭に火がつき、文子は激怒。はてさて、一家の騒動はどう落ち着くのでしょう。

 

万兵衛と元愛人つねの屈託のなさが良かった。しかも京言葉(?)による台詞のせいか、辛辣な会話にもある種の軽妙さが感じられて、二人の達観した雰囲気が際立ちます。あっけなく万兵衛が亡くなってもつねに深刻さはなく、人が生まれて死ぬのは当たり前とばかりに、さばさばと事を運びます。これまで相応の苦労を背負ってきたにせよ、この二人は自分の思うように生きたのだな、と羨ましくなってしまった。存分に生きてあっけなく死にたいものです。

 

紀子三部作は実は周吉に理想の「うーん」を言わせる試みだったのではないかと片岡義男が書いていましたが、晩年の作品では原節子に何度も「私このままでいいんです」と言わせていることに気づきました。おそらくこれが小津との決別の原因なのでは? 原さんはそんな消極的な役柄に嫌気が差していたのではないだろうか。

 

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

PERFECT DAYS  その2

ドイチェベレに映画関連の面白い記事が掲載されていたので一部紹介します。

 

それによれば、この映画は渋谷区がヴェンダースに「東京トイレプロジェクト」のドキュメンタリー作成を依頼したことがきっかけだったそうです。もともと小津の影響も受けていた監督は日本文化に興味があり、慎重な協議を重ねる中に映画に変更したのだとか。

 

DW記者が日本のトイレ事情に驚いている点がおもしろい。調査によれば東京都は10万人あたり53の公衆トイレを設置している一方、ベルリンは倍増したにもかかわらず11.5。そして改修された渋谷区17ヶ所のトイレ利用者の満足度は44%から90%へ、公衆トイレに対する否定的感覚は33%から3%へ変化したと数字を引用し、日本は世界のトイレ界のリーダーだと称賛しています。

 

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

PERFECT DAYS    ヴィム・ヴェンダース

トイレ清掃員平山の日常を淡々と描いた地味な内容にも関わらず、清々しい映画体験でした。こんなの久しぶり。精神を満足させる本と感情を揺する音楽と肉体をリラックスさせる酒があれば人生に不足はなし。さらに、人を思いやる気持ちや想像力を持ち合わせていれば他者との交流が芽生えるし、そこに理解が生まれたならその日はパーフェクトデイなのです。後にヴェンダースの代表作として評価される気がする。個人的には「パリ、テキサス」と甲乙つけ難い。

 

平山は寡黙な男で謎めいています。毎日同じことを丁寧に繰り返す姿はある種の修行僧を思わせます。そして彼がどのような人生を辿って現在に至っているのか、さまざまに推測することになりました。几帳面な家事のこなし、車中で流す音楽、就寝前に手に取る本、木漏れ日の写真撮影、そして人々との接し方。

 

多くを語りませんが、彼は人嫌いではありません。時に誰かのせいでルーティーンが破られると感情を乱すこともありますが、普段は他者の痛みをすぐに察知できるほど人を良く見ています。迷子の少年、ちゃらんぽらんな同僚、家出した姪、妹、姿を見ぬトイレ利用者、居酒屋ママの元夫。誰に対しても彼は目を向けずにはいられないのです。

 

そしておそらく、そのような人々を含め誰かと心を通わすことができた日は平山にとってパーフェクトデイなのであり、そして新たな明日を迎える糧になるのだと感じます。充足した日々を迎えることは難しくない。人の心の中を察して共感できる程度の精神を持ち合わせていれば。

 

以下余談。

・幸田文がもっと評価されるべきという古本屋の意見に一票。
・石川さゆりが「朝日のあたる家」を歌ってくれる居酒屋、本当に作ってほしい。もちろん毎週通います。
・すごいぞ渋谷区。公衆トイレ巡りをしたくなる。
・ジャームッシュの「パターソン」と良く似た映画だけれど、決定的に違うのは、パターソンが詩的な美しさを見つけることで充足しているのに対して、平山は心の通いあいに幸福を感じていること。
・ラストシーンの平山のアップとニーナ・シモンの歌声が見事な組み合わせ。
Oh, it's such a perfect day
I'm glad I spent it with you
Oh, such a perfect day
You just keep me hanging on
You're going to reap just what you sow


公式サイトはこちら

 

JUGEMテーマ:映画

 

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

祇園の姉妹(きょうだい)   溝口健二

商家の古沢が店を畳むこととなり、世話をしていた芸者梅吉の住まいへ転がり込むことに。義理堅い彼女は旦那の面倒を見ることにしたものの、さばさばとして計算高い妹おもちゃは迷惑顔。古沢を追い出そうと算段する一方、自分は呉服商の主人を取り込むために策を弄します。事はおもちゃの思惑通り進んだに見えたのですが、結局二人はあっけなく男たちに裏切られるのでした。

 

公開された1936年は二・二六事件が起こり、日本が軍事色を強めていた時代。まだ検閲などは行われていなかったと思いますが、時勢を考えればよく制作・上映を行ったものだと感心します。花街の下層から這い上がる手立てなどなく、結局は利用されるだけの芸者たち。そして男尊女卑的な考えを誇るかのような男たち。見ようによっては封建制批判、平等を訴える社会主義的な作品と捉えられるのですから、軍部の勢いを考えればかなりの勇気が必要だったのではないかと思うのですが。

 

それはともかく、対照的な性格の姉妹がうまく演じ分けられていたし、お調子者で人が良さそうに見えた古沢のしたたかさが見事でした。溝口さんの映画はどれも観客の感情に訴えかける力強さがあり、この作品も「いいものを見た」という満足感を味わうこととなりました。

 

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

オリーブの林をぬけて   アッバス・キアロスタミ

前作「そして人生は続く」は大地震で亡くなった人々への鎮魂作品。そして、その派生作とも言えるこの映画は復興への応援歌のように感じます。

 

山間地で暮らす人々は地震の際に道路が寸断されて救助が間に合わず、被災者の多くが便利な街道沿いに引越したとのこと。「そして人生は続く」のメイキングという体裁の本作は、今では閑散としてしまった村への愛惜の念が強く伝わってきます。私たちはあなたたちを、そしてこの村を忘れないよと。

 

そして、人はいつ死ぬか分からない。だから生きているうちにやりたいことを全うしよう、というメッセージ。それを体現したのが雑用係のホセインです。代役として新婚夫婦の夫役で映画に出演することになり、その相手が学生のタヘレ。実生活でホセインは彼女に求婚中なのですが、家がなく字が読めないとして祖母の猛反対にあっているのです。

 

しかしホセインはめげない。撮影中も撮影後もしつこい程に求愛を繰り返します。無視される日々が続きとうとう撮影最終日。オリーブの林を抜け丘を登って帰宅する彼女に、ホセインはこれが最後の機会と猛アタック。最後の固定長回しはこの映画でも印象的でした。遠ざかる二人がやがて小さな点となって消えるかと思われた瞬間、一人勢いよく戻ってくる男の姿。果たして彼はどんな返事をもらったのか。

 

いつもながら、この監督の目は暖かい。

 

 

JUGEMテーマ:映画

 

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

TOVE トーベ   ザイダ・バリルート

愛と芸術に情熱を捧げたトーベ・ヤンソン。子供のようなひたむきさで己の欲求に忠実であろうとする姿は私が思う芸術家の姿そのものでした。当然、周りの人々の気持ちには無頓着でさまざまな軋轢を生むことにもなるのですが、それを良しとして突き進む姿は潔かった。

 

15年ほど前の芸術新潮でヤンソンを特集した折に、彼女がさまざまな形式の芸術に取り組み、ムーミンはその成果の1つに過ぎなかったことや、彫刻家の娘という生い立ちなどを興味深く読んだものです。この映画ではそこで取り上げられていなかった彼女の愛の変遷が大きな柱となっていて、より立体的にトーベを理解できることとなりました。

 

60年代生まれの私にとってはトーベ・ヤンソンはあこがれの存在の一人でした。もちろんムーミンに夢中。新潟ではアニメ放映が2年近く遅れたため、最初の出会いはムーミン・コミック。学校帰りに近所の図書館で片っ端から借りまくり、閉館まで粘っていたことを思い出します。ただ、内容は全く理解できなかった。それもそのはず、今回の映画によれば、あのコミックは英新聞社用の連載をまとめたものだったそうで、小学生に分かるわけがない。しかもほとんどが弟の手によるものだった。

 

その後、「ムーミン谷の彗星」をはじめとする一連の小説を楽しんだものですが、70年代以降に書かれた一般向けの作品があることは知らなかった。映画で描かれた情熱的な人物がどのような物語を紡いだのか、にわかに興味が湧いてきました。

 

公式サイトはこちら

 

JUGEMテーマ:映画

 

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

アナザーラウンド   トマス・ビンターベア

アルコールが持つ楽しさとそこに潜む危険な側面を描いたコメディ。高校教師の仲間4人組は塞ぎ気味のマーティンを元気付けるため、とんでもない実験を行うことに。なんと哲学者が提唱した仮説「血中アルコール濃度を0.05%に保つと仕事の効率が良くなり想像力がみなぎる」という理論を実証しようというのです。

 

退屈でボイコットさえ受けたマーティンの授業は、飲酒と共に快活でユーモアにあふれ出し、それを見た仲間もそれぞれが実践して好結果を出すことになります。しかし、酒飲みはそこでやめられない。濃度を上げたらもっと良くなるのではないかと、実験をエスカレートさせることに。やがてトミーが依存症に陥ってしまうなど制御不能となり、職場や家族との関係は悪化。はてさて、飲酒は善なのか悪なのか。

 

私の場合、血中濃度0.05%はおよそビール中瓶1本かワイン2杯程度。爽快期とほろ酔いの境界くらいで、確かに気持ちがほぐれて舌も滑らかに動き出す感じです。3時間で分解される計算なので、1時間おきにワインを1杯くらい摂取していれば常に快活でいられるかも。試してみたい気もするけれど、トミーの二の舞を演じそうだなあ。

 

映画中では、高校生がビール飲み競争に興じたり、教師が生徒に飲酒量を尋ねたりします。どういうことなのかと調べてみたら、なんとデンマークでは16歳から飲酒可能なのだとか。バイキンングの末裔は肝臓と自らを制御する意思が強靭なのかしら。ともあれ、アルコールとうまく付き合って人生を楽しみたいと思わせてくれる作品でした。

 

公式サイトはこちら

 

 

JUGEMテーマ:映画

 

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

明日に向かって笑え!   セバスティアン・ボレンステイン

2001年経済危機に見舞われたアルゼンチン。農協を設立して地域を元気づけようとしたフェルミン夫妻は銀行責任者と組んだ悪徳弁護士に資金を騙し取られてしまうことに。このまま泣き寝入りでいいのか? 自分たちを騙した銀行と弁護士に一泡吹かせようと、夫妻と出資者たちは立ち上がるのですが。

 

この映画で最も印象的だったのはリカルド・ダリン。悲嘆に沈む表情は見る者の心に同情心を呼び覚まさずにはおかないし、一方で失意の底から浮かびあがろうとする際に目の奥に潜む力は圧倒的なものがあります。個人的に最も気になる俳優の一人です。

 

ストーリーと関係なしに気になったこと、その1。「La odisea de los giles」という原題と共に流れてきたのが「美しき青きドナウ」。「2001年宇宙の旅」へのオマージュ? その2。資金奪還作戦を思いつくきっかけがテレビで流れていた「おしゃれ泥棒」。こんな風に自分の好きな映画を使われると心をくすぐられますなあ。その3。悪徳弁護士の秘書役を演じたアイリン・サニノビチ。清潔感溢れるキュートさがデビュー当時のペネロペ・クルスを思い出させました。まだ他の出演作はないようだけれど、今後が楽しみ。

 

公式サイトはこちら

 

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル トラヴェリン・バンド

中学校の同級生3人とジョンの兄を加えて結成されたCCRは69年に大ブレーク。映画前半はビートルズに次ぐビッグバンドと称されるまでの軌跡をたどり、後半は70年欧州ツアーの成功を象徴する英ロイヤルアルバートホールでのライブを再現。

 

大好きなバンドであるにもかかわらず、演奏する映像はほとんど目にしたことがありませんでした。ウッドストックの出演にしても近年やっと公開されたばかりだし、あれは暗くて何がなんだかよくわからない。そんなわけで、火傷しそうに熱いライブシーンを1時間ほど楽しめたのは素直に嬉しかった。

 

ただ、映画としての出来は今ひとつかなあ。インタビュー構成が練られていなかったのか、メンバーのバンド・音楽に対する思いが伝わってこなかった。ライブシーンもカメラの台数が足りなくて単調な印象を拭えないし。お蔵入り状態だったのも頷ける。

 

ともあれ、ファンの方には一見をお薦めします。

 

公式サイトはこちら

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |

君は行く先を知らない   パナー・パナヒ

国境に向かってレンタカーを走らせるイランの家族。どこか諦めた表情で運転する長男、骨折した足を伸ばして家長然たる態度の父、通常の旅行のように振る舞おうとする母、そして事情を知らずに駄々をこねまくる次男。彼らはどこへ向かっているのか。

 

やがて車内の会話から、長男が非合法に国外へ脱出しようとしていることが明らかになります。一家が家屋を処分したことなどから、経済的に破綻した家族を救うために長男が国外で危険な仕事に就く、あるいは、閉鎖的な社会体制に絶望した彼を逃すために両親が苦渋の決断を下したのだと察せられます。

 

いずれにせよ、誰かのために誰かが犠牲になる。静かな車内から親の嘆き、子の嘆きがじわじわと伝わってきます。この先、再会が叶うかどうかは分かりません。各々の悲しみを互いに悟られまいとする姿には胸が締め付けられます。

 

自分の暮らす国以外のことにはなかなか関心が向かないものですが、どこであろうと人の本質は変わりません。もちろん別離の悲しみも共通。私たちにはもっともっと想像力が必要です。

 

そう、別れの場面は実に美しかった。陽が沈もうとする丘の上。4人を収めた遠景からの長回しは絵画のようです。ただ一人、訳もわからず叫び続ける次男の声が悲しみを増幅させると同時に救いにもなっていたように感じます。ここで彼を叫ばせるために調子に乗るとどこまでも突っ走る性格設定にしたのかとも思いました。

 

公式サイトはこちら

 

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | - | pookmark |