Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語   カレン・シャフナザーロフ

原作からアンナとヴロンスキーの物語だけを抽出、そこに日露戦争に従事したヴロンスキーが当時を振り返るというオリジナル設定を加わえた長編でした。

 

アンナファンの私としては、ヴロンスキーが都合良く事実をねじ曲げていたら許さん! という意気込みでスクリーンに向かいましたが、特にひねりはなく原作通り。淑女の見本として社交界の花形だったアンナが女たらしに惚れてしまい、あれよあれよという間に身を持ち崩してしまうお話。

 

ひねりはないと言うものの、スクリーンに繰り広げられる絢爛絵巻には息を吞みました。貴族の邸宅や舞踏場のスケールが私のちっぽけな想像力をはるかに超えていたのです。何十畳もあるような部屋が連なり、どの壁にももれなく巨大な絵画。高い天井からはシャンデリア群がまばゆい光を放ち、ちょっとした宮殿といった趣です。やれやれ、当時の貴族はどれだけ領地からの上がりがあったのでしょう(領民はどれだけ絞られていたのか)?

俳優が纏う衣装、装身具もきらびやかでした。いや、もうストーリー関係なしにファッションショーとしても楽しめる。

 

とりわけ目を惹いたのはアンナですが、その理由はマネの絵を思い出させるから。特にモリゾを描いた一連の作品と実に雰囲気が似ているんだなあ。もしかしたらマネに触発されていくつかのシーンを撮ったのかな、と感じます。

競馬のシーンはドガの描いた競馬場作品そのものだった。ああ、緑が目にしみる、なんとも優雅だなあ。

 

原作未読の方には映画を先に見ることをお薦めします!

 

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出発   イエジー・スコリモフスキ

美容師のハンサム青年マルク君は大のクルマ好き。目下の目標はポルシェ「911S」でラリーに出場することですが、若い身空で高級車を所有できるはずもなく、クルマを手に入れるために悪戦苦闘。そんな折り、元モデルのお嬢様ミシェルと知り合い、彼女と2人でレース出場を目指すのですが……

 

マルクはもう無茶苦茶ですな。練習のためにオーナーの911を無断借用するのは序の口。ディーラーを欺して試乗車を盗もうとするわ、お金持ちのマダムに近づいて体と引き替えに借りようとするわ、モーターショーの会場からパーツを盗んでレンタル資金を作ろうとするわ、善悪の判断がつきません。ラリー出場のためならなんでもあり。

 

もちろん、ミシェルが垣間見せる好意にも無頓着。気にはなるけど恋を発展させようというつもりもなさそうです。いや、もしかすると女性経験が少なくて、少々積極的な彼女の行動に尻込みしているのかもしれませんね。

 

なんだか、若いって楽しそうだなあ、とひさびさに感じた映画でした。夢中になって他に何も見えないって、羨ましいような辛いような。ラリーの結果? あれれ……な結末は見てのお楽しみ。マルク君、もしかしたら少し成長したかもね。

 

それにしても小さい911って楽しそう! 狭い道だって苦にならない。今のポルシェじゃなくて、この映画に登場するようなナローポルシェ運転してみたいです。

 

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かくも長き不在   アンリ・コルビ

パリ近郊でカフェを営むテレーズ。バカンスを控えて暇になった店の前を見知らぬ男が通りかかるようになります。「セビリアの理髪師」のアリアを口ずさみ、警官を怖がる様子を見た彼女は、その男が16年前に強制連行されたまま所在不明の夫ではないかと期待をかけるのですが、彼は記憶を失っており、自分が何者なのか定かではありません。

 

テレーズは男を何度も自宅に招き、記憶を取り戻すよう手を尽くしますが見込みはなし。食事を終えた男が雨の夜道に消えようとしたとき、テレーズはその背中に向かって夫の名前を連呼するのでしたが……

 

テレーズがジュークボックスの音楽をかけながら二人で穏やかにダンスするシーン。回した手が男の後頭部にある大きな傷跡に触れた時、彼女はおそらく彼の記憶が戻らないことを悟ったのだと思います。

 

私がカフェの常連の一人であったなら、彼を正体不明の男のままに受け入れ、新たに連れ合い同士として出発したらどうかと提案したいです。その男が夫なのか他人なのかに関係なく、テレーズは既に彼を大切な人として扱っているのですし、これ以上せっついて逃げられてしまっては元も子もありません。
あいつの正体なんてどうでもいいじゃないか、気になるんだろう。しっかりつかまえなよ。

 

そして気の毒なのは、常連のトラック運転手。彼はテレーズに気があるにもかかわらず、正体不明の男に心を奪われた彼女に最後まで親切です。いい人は報われないのだなあ、やっぱり。

 

自転車レースファンとしては、おやじ達がカフェに集まり、ツール・ド・フランスのスタートからラジオにかじりついて盛り上がっている様子や石畳の通りが興味深かった。パリ祭後にツールマレーを通過するステージという設定でした。男がドイツ軍のパリ占領中に連行されたという前提で調べてみると、57年7月16日の第18ステージが該当するようです。まあ、映画ですからそこまで事実に基づいているかどうかは分かりませんが、調べてみるのも楽しかった。

 

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麦秋   小津安二郎

終戦から5年ほど。北鎌倉で穏やかに暮らす3世代7人家族の気がかりは28歳の娘、紀子の将来。当然のように縁談が持ち上がるものの、彼女は自らの意思で未来を選択し、家族は北鎌倉、奈良、秋田の3か所に分かれてしまうのでした。
 

結婚適齢期を迎えた娘の縁談となると、どうしても前作「晩春」と比較してしまうことになります。
淡々とした展開の中にも隠しきれないユーモアと見終えた後のそこはかとない寂しさは共通していますが、原節子演じる紀子はまるで違う人物として描かれていました。私はこちらが好み。

 

父の世話をする生活に充足感を覚え、結婚など考えも及ばない晩春の紀子は浮世離れしすぎていて違和感がありました。対する麦秋の紀子は結婚に対する前向きな意志もある明るく溌剌とした娘。お酒も大好きだし、900円もする高価なケーキだって躊躇なく買ってしまいます。おどけて秋田弁だって喋ってみせる。そう、こんな人いるよな、というリアルさが良かった。
 

押しつけられた結婚の結果、父を一人にしてしまった晩春の紀子は、もしかしたら後悔したかもしれません。でも、話の成り行きだったとはいえ、自ら結婚相手を選んだ麦秋の紀子は、家族が離ればなれになることにもやましさは感じていないでしょう。
 

ところで、日本映画をほとんど観たことがなかったという片岡義男が「彼女が演じた役」という著作で原節子が出演した小津映画について評論しています。そのユニークな意見に納得できるか否か確認するため、もう一度「東京物語」を観なくては。

 

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92歳のパリジェンヌ   パスカル・プザドゥー

おばあちゃん、誕生日おめでとう! 100歳まであと少し! 親族が開いてくれたおめでたい席でマドレーヌは浮かない顔。92歳を迎えた彼女の願いは、2カ月後にこの世とおさらばすることだったのです。困惑した子どもたちや孫はマドレーヌの望みにどう向き合うのでしょうか。

 

母親の決定に対する子供らの共感の強弱は、それまでの接し方に比例しているようでした。後ろめたい気持が強いほど本人の意思に強い態度で反対してしまうのです。そりゃそうですよね、あいつは親不孝者だったと思われたまま死なれては後味が悪い。

 

一般論としてこの問題を提示されたら、本人の気持ちを尊重すべき、誰にも尊厳を持って死ぬ権利があるはず、と私は応えるはずです。でも、実際に自分の肉親やごく親しい人が来月末を以て命を絶ちますと宣言したら、そんなこと受け入れられない、と拒絶してしまうかもしれない。

 

どのようにして人生から退場したいのか。最後の大問題を考えるのに早すぎるということはない、とマドレーヌは伝えてくれました。

 

死ぬ準備とは、その時までをいかに生きるかという問いです。まずは、思う通りに生きること。そして元気なうちから普通の問題として周囲の人たちと理解を深め合うこと。そうすれば幸せな退場ができるかなあ。

 

いや、それにしても、人は時間を区切られないからこそ平気な顔で生きていられるんだなあ、と再認識した次第。

 

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ピュア 純潔   リサ・ラングセット

母はアルコール依存症、自らはSNSを通じて買春をくり返した過去を持つカタリナ。クラシック音楽が好きな彼女はコンサートホールの受付として社会復帰を目指しますが、気晴らしを求めていた指揮者アダムにもてあそばれ、挙げ句に失職。キルケゴールの著作に記された「勇気が人生を開く」という言葉を信じたカタリナが自らの居場所をつかみ取ることが出来るのでしょうか。

 

社会的弱者の少女が偽善的なパワハラ・セクハラ親父に復讐するという単純な構図を超え、福祉国家の代名詞とも言えるスウェーデンが抱える社会の陰をあばいているように感じます。

 

全編を通じて漂うのは同じスウェーデン映画「リリア 4-ever」と同質の絶望感。もはや逃げ道も未来もないという泣き出したくなるような閉塞状況です。弱者に対する制度が整っているという社会の自負が、その安全ネットをすり抜けてしまった人たちの存在を見えにくくしているような気がします。

 

カタリナは閉塞状況を破って人生を開くために「勇気」を振り絞ります。でもそれはキルケゴールの言葉を自分に都合良く解釈して得た破れかぶれの蛮勇に過ぎず、倫理的に許されるものではないところが悲しい。

 

ラストシーンのアップは印象的です。臭い物にふたが出来るほどタフな精神はまだ獲得できず、この先、カタリナが過去の行動に苛なまれ続けることは明らかです。おそらく、何度も転落することになるでしょう。観客の私には祈ることしかできません。

 

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おゝ猛妻   菱田義雄

玩具会社社員の勇太は借金の形として質屋で奉公することとなり、女性上位一家の中で結婚・浮気問題、詐欺事件に巻き込まれてしまいます。若干やきもきさせながら、最後は全てが丸く収まる明るいコメディ。

 

制作は1965年制作。かつて「戦後強くなったのは靴下と女性」と言われたようですが、この映画でも世の中を実質的に仕切っているのはたくましい女性たち。男共はからきしだらしなくて、その傾向は今も変わらずに受け継がれているような。でも、明るく尻に敷かれていた方が家庭内は円満です。

 

この映画に登場するような若いけれど大人の色気がある女将を目当てに居酒屋通いするの楽しそうです。10回に1回くらいはよろめいてくれるあたりが、通い甲斐のあるところ。

 

1965年にはまだ、質屋が普通に存在していたんですね。テレビ受像器もありましたが、それを見ている場面はなかった。当時の風俗が楽しい一本でした

 

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マルクス・エンゲルス   ラウル・ペック

産業革命によって資本家と労働者の格差が絶望的に広がった19世紀ヨーロッパ。舌鋒鋭く社会批判を行うマルクスは国を追放され、資本家の息子として生まれたエンゲルスは労働者の苦境を見かねて社会主義に傾倒。そんな二人が出会い、志を同じくした妻たちとともに「共産党宣言」を完成させる物語。

 

個人的には、共産党宣言が執筆されるに至った時代背景が理解できたことは良かったけれど、映画作品としての出来に突出したところは感じませんでした。でも、資本主義経済が行き詰まり閉塞感に覆われる今だからこそ、この映画に描かれた若き二人の情熱に接する価値はあると思います。世界は変わらなければならない(変わって欲しい)。

 

倫社の授業で社会思想史を学んだ折、マルクスとエンゲルスに激しく心を揺さぶられたことを思い出しました。もう、すっかり忘れていたけれど、進学先を決める大きなきっかけがこの二人でした。

 

ずぼらな学生だった私は入学したとたんに高校時代の感動を忘れ去って、結局共産党宣言すら読み通しませんでした(先生、卒論まだ提出していません。ごめんなさい)。結局、私のように無批判な人間が支配者層に馴化され、資本家の搾取を許し続けているのでしょう。反省せねば。

 

 

エンゲルスは工場経営者の息子でありながら労働者の苦境に目を向けました。彼は特異な存在だったのでしょうか? 己の利益のみを良しとしない態度は当時の社会主義思想の影響なのでしょうが、あっぱれな心意気ですよね。時に及び腰になるマルクスの尻を叩いてくれたことにも感謝です。

 

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近松物語   溝口健二

これまで観てきた映画の中でも個人的ベスト10クラスの美しい作品でした。同じ溝口監督では「山椒大夫」や「雨月物語」も印象的でしたが、この映画の仕上がりは頭ひとつ抜きんでているように感じます。

 

時は江戸時代、京都で関白の御用を承る大店が舞台。内儀の兄が金の無心に来たことをきっかけに運命の歯車が回り出し、職人上がりの有能な手代と内儀が不義密通の濡れ衣を着せられてしまいます。ところが、逃亡中に二人は心を通わせて本物の咎人となってしまい、一方、店と己の体面を守ろうとする主人の画策は使用人やライバル店の邪魔にあって功を奏さず。関係者は皆、失意の最後を迎えてしまうのでした。

 

時代劇という表現の到達点のひとつに数えられる作品だと思います。完成の域に達した様式美に感嘆の声をあげ、浸りきる心地良さ。演技も物語も時代劇に要求される枠をはみ出るものではありません。しかし、同じ形式を積み重ねた挙げ句に到達した洗練の極みですね、これは。

 

優れた美術品や音楽に似て、何度でも体験したくなります。実際、1週間に2度見てしまいましたが、まったく飽きるということがなく、美しさにため息がこぼれるばかりです。この先も任意の一部分だけを選んで楽しむ機会がありそうです。

 

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暗殺の森   ベルナルド・ベルトルッチ

第二次世界大戦前夜のイタリア。哲学を教えるマルチェロは友人を介してファシズム組織に身を投じ、フランスへ政治亡命した恩師クアドリを監視するために新婚旅行を装ってパリへ向かいます。

ところが、クアドリ宅を訪ねたマルチェロは恩師の妻に一目で惹きつけられ、暗殺指令を受け取った後も自ら決断を下すことが出来ません。業を煮やした組織はマルチェロに見切りをつけ、山中で行動を起こすのですが……

マルチェロがファシズムに身を投じる経緯が分かりにくい、というか、共感できず、この映画の最も肝心な部分で躓いてしまった。空っぽで長いものに巻かれる男だということは分かるけれど、その背景を理解できないために面白さが減じてしまいました。

ただ、何度も見てみたいと思わせる印象的なシーンが多かった。わけてもこの映画を支配していたドミニク・サンダ。きつい視線はデビュー作と変わらず、普通の男にはうかつに近寄れない雰囲気を漂せています。

バレエ教室でマルチェロに見せた挑発的態度は腰が引けそうになるし、その妻と踊るダンスシーンでは妖艶な同性愛的雰囲気にくらくら。一方で、暗殺者に追われて死を覚悟した顔には、こちらの心をえぐるようなリアルさが現れていました。

確かに惹きつけられる俳優です。身の回りにはいて欲しくないけど。

 

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