Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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月と六ペンス   サマセット・モーム

ゴーギャンをモデルにした物語ということで、発表当時大ベストセラーになったそうです。

 

美を創造するために全てをなげうったストリックランドの人生を知人である作家が回想するという構成のため、画家の美に対する価値観、創造の苦悩を読者が直接窺うことは叶いません。あくまでも、他人の目に映る破天荒な行動からその胸の内を察するほかないのです。没後に評価されなければ彼の情熱は簡単に忘れ去られたことでしょう。

 

むしろ最も丁寧に描かれていたのは、ストリックランドの才能を最初に発見した画家のストルーヴでした。彼は優れた審美眼を持ちながら絵の才能は凡庸に過ぎないというなかなか悲しい役柄。

 

どれほど邪険にされようと、利用されようと、ストリックランどを見捨てることはありません。果てに妻を奪われて激しく落ち込んでいるにもかかわらず、いつか二人が自分の下にもどれば喜んで迎え入れるつもりなのです。お人好しでは美を創造できないということなのでしょう。ストリックランドが月でストルーヴが六ペンスか。

 

今回最も印象に残ったのは中野好夫さんの訳文でした。奥付の初版日付は昭和34年。ということは、おそらく昭和30年代初めの仕事だと思われますが、実にこなれた訳文でいきいきとしていた。最近は改訳が流行りだけれど、これはこのまま現代でも違和感が無い。いや、すばらしい仕事です。

 

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誰もがそれを知っている   アスガー・ファルハディ

妹の結婚式に出席するため、アルゼンチンからスペインの小さな村に里帰りしたラウラと子どもたち。お祝いムードに浮き立っていた一家ですが、パーティー中に娘のイレーネが誘拐されてしまいます。その場の状況から犯人は身内か親しい知人と推測され、小さな村は疑心暗鬼に陥ることになるのでした。

 

タイトルが示す公然の秘密を推測することや、犯人捜しが映画の主題ではありません。誰もが知らないふりをしていた事柄を当事者同士が口にすることで、一見調和が保たれていた家族や村の関係にひびが入り、事件に係わった全ての人たちは傷を抱えながらの再出発を余儀なくされてしまうのです。私たちの平穏な暮らしは実にもろい土台の上に成り立っているという認識を緊迫感のある画面が要求します。

 

誰もが知り合い同士であるという狭い共同体は、ハレの席で一体感のある盛り上がりを見せる反面、恨みや嫉妬などが根深くいつまでも消えないという息苦しさがつきまとう。そのような背景の見せ方が舌を巻くほど巧みでした。俳優もその舞台に溶け込み、過剰な表現ではないにもかかわらず、説得力のある演技を見せていました(パコ君、気の毒すぎます…)。

 

時々こういう作品に当たるから映画館通いが止められないんだなあ。

 

公式サイトはこちら

 

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デトロイト美術館の奇跡   原田マハ

財政破綻から危機的状況に陥った年金財源を守るため、市美術館の所蔵品を売却すべきという世論が高まっていた米デトロイト市が舞台。セザンヌの描いた「マダム・セザンヌ」に魅せられた人々を物語の中心に据え、所蔵品を「友人」のように愛する人々が美術作品と年金財源を共に救った奇蹟のようなお話。

 

原田さんの美術関連小説は、どれをとってもアートに対する愛情が感じられ、気持ち良い時間を過ごすことができます。この作品ではアートを心の糧として慈しむ人々の暮らしが愛おしく、また「マダム・セザンヌ」に深く分け入っていく作者の想い(妄想?)を楽しめました。

 

 

本作の主人公と言える「マダム・セザンヌ」を3年前のデトロイト美術館展(東京)で実際に目にする機会がありました。あのときはピカソとマティスの熱量に圧倒され、モディリアーニのキラキラするような美しさに魅入られたものでした。ゴーギャンの肖像やゴッホの寝室も印象的。でも、そんなきらびやかな作品の中で「マダム・セザンヌ」は実に地味だった。

 

評価の高い作品ということもあり、じっくり向き合ってみたけれど、なんだかモデルがつまらなそうにしているように感じただけでした。会場を一回りした後にもう一度絵の前に立ってみたけれど、小説の登場人物たちのように親しみを覚えることは出来なかったなあ。

 

どうもセザンヌは私の作家ではないようですが、それはそれとして、美を求める人たちの物語には引きつけられて止むことがありません。

 

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蘆刈   谷崎潤一郎

月に誘われて淀川の堤を散策していた語り手は川の中州で不思議な老人に出会い、十五夜にまつわる思い出話に耳を傾けることになりました。

 

老人は子供の頃、十五夜の夜になると決まって父に連れ出され、巨椋池の畔にある広壮な別荘の生け垣から中をのぞき見ていたと言います。2人の視線の先には裲襠をまとって琴を弾く女主人と賑やかな取り巻き達。子供の目にも美しいその女性は、今は逼塞した父がかつて愛した「お遊さま」。2人の間に繰り広げられた物語は実に奇妙なものでした。

 

お遊さま、その妹の静、老人の父である時雄が繰り広げる不思議な三角関係、そしてあこがれの女性に隷属しようとする男の姿は私が愉しませてもらった谷崎小説に共通のもの。短い物語りながらも谷崎世界を堪能し、妄想を広げられる佳作でした。

 

「卍」の光子のように関係者全員を破滅に導くようなことはせず、新しい境遇にあっさりと順応してしまうところが別れた男にとっては辛いところかなあ。

 

そして、この話を物語った老人は、本当に時雄と静の息子なのでしょうか。今も存命のお遊さまを忘れられない時雄の妄念が老人の姿を借りて現れたのかもしれない。

 

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The Accidental Further Adventures of the Hundred-year-old Man ヨナス・ヨナソン

101歳の誕生祝いにバリ島で熱気球に乗ったアランと友人のユリウスは手違いから海に落下。通り掛かった輸送船に救助されたのは良かったけれど、なんとそれは濃縮ウランを積んだ北朝鮮船でした。さあ、今度も世界を股にかけた101歳のじいさんの冒険の始まり、始まり。

 

アランは行く先々でトラブルに巻き込まれてしまいますが、前作同様、流れに身を委ねるだけ。名だたる世界の指導者と知己になっても101歳は泰然としたもの。あまりの成り行き任せぶりにトラブルの方がしっぽを巻いて逃げ出してしまうのでした。ただ、人々が手にしたタブレットにばかり気をとられ(本人も中毒状態)、世界が少しずつ悪くなっていることが気がかりのようです。

 

映画化された「100歳の華麗なる冒険」の続編ですが、これは当面映画化が無理でしょう。なにしろ現役で(2018年現在)世間を賑わす世界のリーダー達が実名で登場し、作者に揶揄されているのですから。

 

映画は、人生なるようになるさ、というメッセージを明るく伝えていましたが、原作者のヨナソンは20世紀が最悪の100年だったことを書きたかったのだとい言います。悲惨な事例を思い出すことで同じ過ちをくり返さないで欲しいという願いだったとか。しかし、本はベストセラーになったけれど世界が変わることはなかった。そこで、無駄を承知の上でもう一度アランに登場を願い、同じメッセージをくり返したかったということです。

 

102歳のアランが登場しないことを願いましょう。

 

なんと、翻訳世界を救う100歳老人」が間もなく書店に並ぶようです!

 

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東京物語   小津安二郎

小津ファンを自認している以上、「東京物語」は過去に何度か観ているわけですが、名作と絶賛されるほどの映画にしては何かが足りないような気がしていました。同じ監督でも他にもっと面白いのあるけど、なんて。

 

で、いわゆる「紀子三部作」として3作続けて観たら印象が変わるだろうかと思い、再度画面の前に座った次第。3人の紀子は同一人物ではありませんが、続けて観ていると、彼女の持つ結婚観が変化していく様が面白かった。

 

そして片岡義男が言うように、むしろ「周吉三部作」として捉えるととても腑に落ちるものがありました。年老いた独り身の男に漂う哀感をどのように見せるか。理想の「うーん」というセリフを求めて紀子に様々な役を割り振ったという意見に一票入れたいですね。

 

そしてもちろん、この映画単独で観ても面白さが損なわれることはなく、やっぱり世の評価に値する作品だなと再認識。

 

そう思ったのはおそらく、デジタルリマスター版で観たからです。以前目にした画面では、親をないがしろにする子どもたちの薄情さと残された父の哀しみに覆われた陰鬱な印象が強かったのだけれど、修復作業のおかげで画面が一気に明るくなり、台詞も明瞭で、それだけで全く違う映画のように感じてしまいました。

 

明るい画面で観ると、家族のあり方は年月と共に変化するものだ、それは仕方のないことだという諦観があっけらかんと表現されるように思います。その後、高度経済成長へと向かう街も明るい雰囲気に満ちあふれ、いつまでも戦後じゃないという気概さえ感じられます。亡夫の両親に孝養を尽くす紀子も過去を捨て(「私、狡いんです」)、新しい自分の生活に向けて一歩を踏み出す覚悟を決めているのでした。

 

そうそう、人をイライラさせる杉村春子はとても演技に見えない。全く以て素晴らしい。

 

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クリムト展   東京都美術館

金を使った一連の作品が今ひとつ自分の好みと合わなくて敬して遠ざけていたクリムト作品でしたが、機会があったので展覧会に足を運んでみました。

 

ジャポニズムの影響が大きいという金彩は印刷物と実物ではまるで印象が異なりました。照明を受けてきらびやかに輝く作品はむしろ清々しく、なんの嫌味も感じることなく私の目に映りました。

 

じっくり鑑賞して初めて気づいたのは、本画もデッサンも線がずいぶんゆっくりと引かれていること。特に「ユディト機廚稜愀覆防舛れた黒い線は太くいびつで、へたうま的な印象です。線は勢いがあるべきという日本画的常識とはずいぶん違いますね。

 

数多のモデル達と関係を持っていたと聞き、好色絶倫男だったのかと想像していました。でも、多くの作品の中で小さくて可愛らしい細部が丹念に描かれていて、もしかしたらクリムトっていわゆる「女子力」の高い人だったのではないかと感じた次第。

 

そう思えば、作品の女性像も男性が好む女性像というよりも、どちらかと言えば女性が理想として描くような姿に思えます。多くの女性達に取り囲まれたのも、女子同士のような気楽さが理由だったのかも知れないと妄想するのでした。

家に飾りたいなと思ったのは6歳の姪を描いた「へレーネ・クリムトの肖像」。清楚な横顔、少女らしい健康的な肌色に惹かれます。

 

東京都美術館は7月10日まで。

 

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新潟虹色寄席2019

「虹色寄席」楽しんできました。東京の寄席のように複数の噺家が出演する本格的な設定。今回が6回目で、私は全く知らなかったのだけれど認知度はかなり高いようで、大入り袋が出ました。

 

出演者は新潟県出身の扇辰、白鳥をはじめ、喬太郎、白酒、談笑、一之輔、彦いち、そして色物で二楽という豪華メンバー。いやあ、東京の寄席でもこれだけの面子が揃うことは稀ですよねえ。

いちばん楽しみにしていたのは、昔からひいきにしているけれど実際の高座を見たことがなかった一之輔と白酒。それぞれ「唐茄子や」「お茶汲み」を堪能しました。
 

意外だったのは白鳥。あまりに不謹慎(?)で絶対に放送は無理という内容にもかかわらず(だからこそだな)、反射的に大笑いしてしまった。なんだか良い塩梅にあくが抜け、純粋にナンセンスな話に没入できたのでした。

 

客席の反応も良かったなあ。最初から最後まで盛り上がり続けるってなかなかないですよ。演者と客席が最高の化学反応を起こしたみたいですね。これだから寄席通いはやめられない。
 

ひっそりと自著のサイン会を行っていた一之輔と言葉を交わすことができたのは嬉しかった。実に気さくで、知り合いと話しているようでした。

 

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弥彦山田ノ浦コース 再挑戦

数年前にトライしたものの、途中で道を見失って断念した田ノ浦コースに再挑戦。今回は目印の赤いテープを見落とすことなく、なんとか山頂にたどり着きました。入り口に注ぐ沢の左右を行ったり来たりの登山道。水音と鳥の鳴き声がなんとも気持ちいいですなあ。

 

ほかの登山者のブログで脅されていた鎖場や足場の狭い岩場もゆっくり慎重に進めば大丈夫でした。急勾配の直登や長い階段がないので、それほどきつくない印象です。角田山灯台コースと同程度の登攀時間でしたが、こちらの方が楽でした。

 

当日行き会った登山者はわずか4組。爽やかな緑を独り占めしたような贅沢な気分に浸ったのでした。

 

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銀の匙   中勘助

小さい子供は程度の差こそあれ、この小説の主人公のようにナイーブで傷つきやすく、自分の思うままにならないじれったさにやきもきしたり涙をにじませたりするものです。作者の中さんは幼子の繊細な心の動きを慈しむべきものとして詩的に描いていますが、私としては幼い頃のやるせなさがリアルに思い出され、二度とあんな思いはしたくないと身震いしてしまうのでした。

 

「銀の匙」という物語を尊いものにしているのは同居する寡婦の伯母さんの存在だと感じます。生まれつき虚弱な主人公を無条件に愛し、どんなときでも救いの手を差し伸べてくれる菩薩のようです。あまりの献身ぶりによって、彼女の将来に不幸が忍び寄ってくるような不安感が漂い始め、それが現実となる終盤には頁をめくる手が止まってしまいました。愛情にあふれた善意の人が不幸の中に人生を終えてしまうやるせなさがあるからこそ、この物語がいっそう美しく感じられる気がします。

 

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