Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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NHK交響楽団 新潟公演(1月7日)

年の初めにふさわしく、明るく活気に満ちたプログラム。「フィガロの結婚」序曲は、これから1年、楽しいことが待っていますよ、と告げているようでしたし、「ピアノ協奏曲第9番」では、ソロ部分で小曽根さんがまさかのジャジーなアレンジ。体が揺れ始めてしまいました。これを聴いたらモーツァルトも喜びそうです。

「新世界より」では弦楽器に圧倒されました。バイオリンの華やかな旋律とそれを支える中低音の厚みが圧倒的。聞き惚れてしまいました。
聴かせどころたっぷりのホルンもかっこええ。一緒に出かけたトランペット吹きは「ホルンに変えようかな」とつぶやいておりました。

アンコールの「ピツィカート・ポルカ」は指揮の広上さん曰く「お年玉」とのこと。ウィーンフィルのニューイヤーコンサートではおなじみの曲。新年らしく楽しかった。

 

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野生のなまはげ

テレビニュースなどで目にする「なまはげ」は子どもの頃から飼い慣らされたもので、人に慣れているため秋田弁も話すそうです。しかし、秋田県「小田」半島で捕獲された野生のなまはげは「悪い子いねが!」という鳴き声しか発することができず、悪い子を食べてしまう可能性があるとのこと。
いやあ、知らないとは恐ろしいものです。いい子にしなくちゃ。

逃走した野生のなまはげを飼うことになった守君。でも都会暮らしは無理。生まれ故郷に帰してあげようと秋田を目指しますが、高値で珍しいペットを売りさばこうとする「Pet Shop!」の奴等に付け狙われることに。
そんな彼らを武闘派の東北南東大学山田教授が援護。果たして2人(?)は無事故郷に帰れるのか。

「野生のなまはげ」ということばの響きに心を鷲づかみにされてしまった。いろんな小説や映画を見てきたけれど、タイトルの衝撃度は個人的ベストクラス。これ、見ないわけにいかないでしょう。
 

演技がどうの、脚本がこうの言ってはいけません。野生のなまはげがいたら、というアイディアが全て。無心に映画に浸って、夜はなまはげに追いかけられる夢を見ようではありませんか。

同時上映「おっさん☆スケボー」も衝撃的だった。5分程の超短編ながら、緊迫感と脱力感のミックスがお見事。今後の作品が気になる監督です。

 

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ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ

優れた小説には優れた才能が必要なことはもちろんですが、優秀な編集者の存在も不可欠。
実際にどのような作業を行っているのか興味を引かれて映画館へ。

ところが、トマス・ウルフは人の痛みが分からない半人前として描かれていました。才能を信じて全てをなげうった妻のささやかな願いを退け、不遇を託ったフィッツジェラルドに容赦のない批判(いやがらせ)を浴びせる。そして、自分を世に送り出してくれたマックス・パーキンズにさえ手柄を横取りしようとしていると不信感を抱くのです。

他人の気持ちを忖度できない人が優れた小説を書けるということに驚いてしまいました。共感する能力に欠けながら登場人物の心理を描写できるものなのか? 普通は無理ですよね。天才(原題)故の技なのでしょう。優れた作品を世に送り出してくれれば作家の素顔など気に留めない質ですが、こればかりは頭の中に「?」マークが点滅を続けるのでした。

取り上げるエピソードをもう少し絞り込んで深掘りしてくれたら、もっと印象に残ったのかなとも思います。ウルフがマックスに不信感を覚える理由が映像からはよく分からないし、決定的な対立もない。ウルフの創作の苦しみすら全く描かれず、やんちゃな悪ガキに手を焼いていたみなさん大変でしたね、という感じで終わってしまいました。主役クラスの3人の俳優が良い仕事をしていただけに少々残念。

「グレート・ギャツビイ」のフィッツジェラルドはナイーブな、そして几帳面な人物に描かれていました。金銭感覚に乏しい浮き世離れした人だと思っていたけど、映画の中では常識人。なるほどねえ。

 

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ゴールドフィンチ ドナ・タート

せっかくサインまでもらったのに、あまりの分厚さ(弁当箱よりでかい!)に怯んでしまい、数年来積ん読状態だった「The Goldfinch」。翻訳も出てしまったことだし、ここらでいっちょう読んでみるかと手に取ったところ…


止まらない、止まらない!  前評判通りのおもしろさに毎週末は外出もままならず。1カ月以上首までドナ・タートの世界に浸かりきりでした。

ニューヨークの美術館で爆破事件に巻き込まれたテオ。母を失い、ファブリティウスの名作「ゴールドフィンチ」を持ち出してしまったことを振り出しに、想像もしなかった人生を歩むことになります。

テオを取りまく人々の中でとりわけ印象的だったのは、彼を父のように見守る家具職人のホビーと、トラブルの匂いを紛々とまき散らす、けれど無二の友人ボリスです。ホビーは善という価値を体現するような聡明さと落ち着きでテオをつなぎ止め、一方のボリスは軽いのりでテオを縦横無尽に厄災の世界へ誘います。

おもしろいのは、このあやしいボリス君が聡明な人生観を持っていること。世の中は白黒をはっきりつけられものではないし、正しい行いが良い結果を、誤った行いが悪い結果を導くものではない、だから四角四面に考える必要はないと考えています。いちばん好きな人と一緒になるのは地獄だという異性観なんて、まるで人生を達観した親爺のようです。

ああ、それにしても、この大作の感想を手短にまとめることは至難の業。逆に言えば、焦点の当て方によってさまざまに楽しむことが可能なので、しばらくはこの物語の話題で何度も酒を飲めそうです。一緒に盛り上がれる人がはやく現れてほしい!

 

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デトロイト美術館展

この冬の東京はおもしろそうな美術展が多く、特に上野はすごいことになっています。あれも見たいこれも見たいと悩みつつも、混雑は嫌、ということで、今回は比較的落ち着いて鑑賞できそうな「デトロイト美術館展」に足を向けました。

いやいや、予想していたより充実のラインナップ。展示されている作品は巨匠の代表作ばかりで、さまざまな媒体でお馴染みのもの。豪華幕の内弁当を手にしたような喜びが湧き上がってくるのでした。デトロイトが自動車で繁栄していたおかげで、これだけの作品を収集できたのですね。

圧倒されたのはピカソの時代別代表作。中でも「読書する女性」と「座る女性」が発するパワーは凄まじかった。ライブコンサートでは音が実態あるものとして押し寄せてきますが、この2点も同様でした。この絵画を創作した作家の強烈な意志がまだそこに留まっていて、それが鑑賞者に放射されている、そんな感じなのです。目にした瞬間に引き込まれてしまいます。でも、対峙するにはそれなりの力が必要なのでした。

好き嫌い、あるいは実際に手元に置きたいか否かという問題は別。己の想像の範囲を超えた荘厳な力の前に、ただただひれ伏すほかに術はなかった。こんなの初めての体験です。

まあ、それはそれとして、自宅に飾るならドガかルノワールが好いなあ。

 

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つゆのあとさき 荷風とさだまさし

「一人歩きを始める 今日は君の卒業式
 僕の扉を開けて すこしだけ涙をちらして」

と始まるさだまさしの「つゆのあとさき」
2人がどのような関係なのか、さまざまな可能性があり、この曲を知っている人たちとあれこれ想像し合ったものです。

今回永井荷風の同名の小説を読んで、さだまさしの歌詞がどのような状況を示しているのか、1つの手がかりを得たような気がします。

小説の舞台は昭和初期。カフェーで女給として働く君江の奔放な生活と、女性を軽く見ている男達の軽薄な生活をのぞき見するような筋立てです。

君江は何しろ刹那的。17歳で上京してからというもの、男を次から次へと変える享楽的な生活を送り続け、それを良しとする態度なのです。特定の男と落ち着いた関係はあり得ません。
新進作家の清岡は妻を追い出し、自分の女だと自負している君江に商売でもやらせようという魂胆を持っていますが、貞操観念のない君江は場当たり的に出会う男たちと関係を持ち続けるばかり。

この小説を踏まえ、そのタイトルを拝借したさだまさしの歌に戻ってみると、やはり男女の別れの歌なのだと思いました。浮気な女性とあきらめきれない男の別れの場面。

新しい恋人を見つけた彼女から別れの言葉を告げられる前に、僕は自ら「さよならと書いた卒業証書」を渡そうとしたのだと思います。ぼくが切り出したのだから、君はやましさを感じる必要などない。僕は君の全てを受け入れるという強がり。

でも、二股を掛けた負い目を持つ彼女は「ごめんなさい わすれないと」と言い、「息を止めて 次の言葉を探し」ながら、「悲しい仔犬の様に ふるえる瞳をふせた」のではないでしょうか。

修羅場になりそうな別れの情景を美しい物語へと昇華させたさだまさしの才能に改めて脱帽。そして、女給たちの赤裸々な姿を描き出せるほど彼女たちに溶け込んでいた(という)永井荷風の洒脱な生き方にも畏敬の念を覚えるのでした。

 

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父ありき

とある事故をきっかけに、離れて暮らすことになった父と子。その情愛を静かな明るさで描いた戦時中の作品です。

笠智衆演じる堀川は、臨終のラストシーンで辞世の句のようにこう言います。(この映画を見ていない人、ごめんなさい)。「できるだけのことはやった。わしは幸せだ。ああ、いい気持ちだ」
そして往生。

この世に思い残すことはない、晴れ晴れとした死に様はうらやましいばかり。縁談がまとまったばかりの息子とその嫁、長年の友人、そして教え子らに看取られて逝くなんて。しかも、患い付いてすぐですからね。

教え子が修学旅行中に事故で亡くなり、責任を取って辞めた後は、離れて暮らす息子に会うことが唯一の楽しみ。若い人は穏やかに続く淡々とした日々に物足りなさを感じるかもしれません。でも歳を重ねてくるとそのありがたさをしみじみ感じるようになるし、堀川のような最期が本当にうらやましく感じるものなのです。

いい気持ちだ、と言って最期を迎えたいものです。

 

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マリア・カラス 伝説のオペラ座ライブ

きらびやかすぎる名声故に短いキャリアで生涯を終えた、あのマリア・カラスのパリ、オペラ座デビューライブ。

フランス国営放送による1958年の収録をデジタルリマスター化した完全版ということですが、残念ながら音声は期待したほど美しいものではありませんでした。ただ、自ずと限界があることは分かっていますし、ノイズがないだけでも良しとしたいところ。

一方で、カメラが捉えた映像は強く印象に残るものでした。女王然とした雰囲気や立ち居振る舞いは想像していた以上(オペラ歌手とは思えぬスリムな体型!)。本人を目の前にしたらひれ伏しちゃいますね。

第2部で上演した「トスカ」第2幕は特に強烈でした。バリトンとテノールも見事な歌唱を披露していますが、マリア・カラスの存在感にはたじたじ。苦境の恋人を思う苦悩、殺人という手段を選ぶ瞬時の判断、そして憎い相手に向ける憎悪の表情はもはや俳優の域。
テレビカメラによるアップは大正解だと思います。

 

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サンバ

 

「最強のふたり」ではオマール・シーが見せたひまわりのような笑顔にひきつけられましたが、同じ監督と主役の組み合わせという二番煎じはいかがなものだろうと、若干危ぶんでいたところ、相手役をシャルロット・ゲンズブールが演じていたことで興味が持ち直しました。どうも彼女は気になるのです。

というのも、どんなに明るい映画に出演していても、幸薄そうな雰囲気を感じてしまうのですね。この映画では、燃え尽き症候群の女性キャリアという役どころで、プライドと自信のなさが心の内でせめぎ合う結果、他者と積極的な関係が持てず、ましてや心を許した友人などつくれるわけもないという状況です。そのくせ、突如として大胆な行動に走ってみたりと、心の不安定さが見る者の肝を寒からしめてしまうのです。

もちろん、優れた俳優として見事に演じているからこそ、こちらがあれこれ気をもんでしまうと分かってはいるけれど、もしかすると、仕事を離れた私生活でも寂しげな表情を浮かべているのではなかろうかと勘ぐってしまうんだなあ。とても演技だけとは思えない。大丈夫かい?

 

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明治神宮外苑創建90年記念奉納試合

穏やかに晴れ上がった秋の午後。ただただ純粋に野球の試合を楽しむことができました。明治神宮外苑創建90年記念の奉納試合です。
1塁・ライト側のスタンドを埋め尽くすのはスワローズファン、3塁・レフト側スタンドで伝統の応援を繰り広げるのは東京六大学ファン。

プロ・アマ交流試合ということで、そもそも勝負が目的ではありません。楽しみはアマチュアがプロ相手にどれほどの善戦を尽くすかという点のみ。とはいうものの、来季からプロ入りする選手も多く、プロ側もおちおちしていられません。

ひいきの選手を応援しながらも、互いの応援チームをたたえ合うスタンドの雰囲気は非常に和やか。勝負が目的ではない分だけ、出場した全選手のプレーひとつひとつが素直に目に映り、その技術力の高さ、全力を尽くそうとする姿勢に歓声をあげることになりました。

ああ、野球って美しいスポーツだな、野球場って楽しい空間だなとしみじみ感じる午後でした。
今回はテレビ観戦。100周年記念の奉納試合が行われるのであれば、今度は是非とも足を運ぼうと思うのでした。

 

 

それにしても、スワローズの大引選手はすごかった。10年前の奉納試合では六大学選抜の1番手として登場、先制を許した直後の1回裏にいきなり同点ホームラン。ああ、この選手がほしいと思ったものですが、今回はなんと、スワローズの選手として登場。4回裏に学生側を突き放す3ランホームランを打ってしまいました。狙っていたというのですから、脱帽するばかり。

大引選手、来季はこの調子でお願いしますぜ。

 

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