Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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男と女 人生最良の日々   クロード・ルルーシュ

子どもの寄宿学校で知り合い、ほんの束の間、激しく心を通い合わせたアンヌとジャン・ルイ。53年後に再会した二人は手探りするように関係を築き直し、互いに残された時間を最高のものにしようと歩き出すのでした。

 

いやあ、期待していなくてごめんなさい。前作「男と女」より、今回の方が数段味わい深い映画に仕上がっていました。時の流れは人にこれほどの変化をもたらすものなのですね。主役二人が同じキャスティングということもあり、重ねた経験の深さに説得力がありました。

 

二人のアップを見ていると時間の流れは残酷なものだと切なくなる一方で、まだ「最良の日々を生きていない」、楽しみはこれからだと感じている人達は実にチャーミングなものだと羨ましくもなりました。肉体に無残な爪痕を残す時の流れはそれと同時に、人の心に芽生えた憎しみや恨みなどの気持を少しずつ流し去ってくれるのでしょう。

 

回想シーンでジャン・ルイが明け方のパリ市内を疾走します。運転席から前方を映し出すだけの5分間。聞こえるのは高回転で唸るエンジン音、石畳をこするタイヤの鳴き声、そして男の息づかいだけ。これが実に実に良かった。

 

なんとしてもアンヌを駅で迎えるんだ、何がなんでもあの女をもう一度この腕に抱くんだ。記憶さえおぼろなジャン・ルイの胸の内には、今もその熱い思いが息づいているはずです。

 

おそらく前作撮影時のフィルムだと思いますが、50年前の「男と女」にこのシーンはなかったように思います。あの映画にこれが加わっていたら。

 

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早春の角田山 2020

外出が制限される今日この頃ですが、ここ角田山は親子連れで大盛況。灯台脇の駐車場も観光バスの姿こそ無いものの、ざっと100台程のクルマが駐まっていました。山頂や観音堂では青空の下、老いも若きもそれぞれに楽しそう。子ども達の歓声も開放的な山の上では微笑ましいばかりです。

 

春の訪れは例年より早いようで、3月15日現在、既にゆきわり草やオウレンが最盛期。カタクリやショウジョウバカマも姿を見せ始めていました。来週はどこから登ろうか、どの花を目当てに行こうか。楽しみな日々が続くぞ。

 

 

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蓼喰う虫   谷崎潤一郎

要と美佐子の夫婦は性的不一致のために離婚予定。しかも、妻が新しい男と毎日のように逢瀬を重ねていることも夫は容認しています。ただ、子供が幼いため、その日をいつにするのかぐずぐずと決めかね、あまりの煮え切らない二人の態度に、仲介役の友人も呆れ気味。

 

そんな日々にあって、要は妻の父親につきあって、度々浄瑠璃見物に出かけます。最初は全く興味のわかなかった要でしたが、淡路島のひなびた浄瑠璃に触れ、その素朴な芸に魅せられはじめ、やがて女性に対する好みにも変化が生じる気配が。

 

さて、いよいよ離婚話の決着をつけるために老人宅を訪ねた要は、外で話をする妻と老人を待つことになります。その間、老人と30歳以上歳の離れた妾、お久と二人きりとなり、薄暗い明かりの中で見る彼女の顔が淡路島で見た人形の顔に重なって感じられるのでした。

 

現代日本社会においてこの夫婦の有り様は特に珍しくもありませんが、発表当時は斬新だったかもしれません。いかにも谷崎小説らしい設定です。しかし、この小説の本題は、老人の口を通して語られる古い日本的価値に対する賛美であるように思いました。少々強引に挿入される浄瑠璃の描写がくどすぎるほど詳細で、本筋より力が入っていますからね。「陰影礼賛」を小説に仕立て上げたらこんな感じかな。

 

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「ハマスホイとデンマーク絵画」展   東京都美術館

日本初公開時に美術番組で取り上げられ、その静かなたたずまいにすっかり魅了されたのが8年前(あの時は「ハンマースホイ」だった)。この度の再登場では40点近い作品が並ぶということでいそいそと出かけてまいりました。


正直なところ、以前テレビ画面で目にした時のような魅力は感じませんでした。印象派の活躍期と重なる時期に絵筆を握っていますが、新しい世界の見方、あるいは新しい表現方法ではなく、デザインの美しさ・面白さを追求する画家だったようです。モデルとして頻繁に登場する妻もデザイン要素に過ぎず、伝統的な絵画ファンよりグラフィックデザイナーに受けそうな印象を受けました。


私個人としては「スケーイン派」と呼ばれるハマスホイと同時代の画家たちの作品が好み。彼らは北海に面した最果ての地とそこに暮らす人々に魅了され、素朴に力強く暮らす人間の魅力をドラマチックに伝えようとしています。若干やりすぎの感はあるけれど、画家たちの感動が鑑賞者の私にも確かに伝わってきました。


うっすらとクリーム色がかったロイヤルコペンハーゲンのパンチボウルは一見の価値ありです。ハマスホイが描いた時点で100年前のアンティークだったとか。

 

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上村松園と美人画の世界

画集から受ける印象とこれほど違うものなのか。鼻先がつくほど近づいて見ることができた今回の松園作品は実に衝撃的。決定的な差は力強さでした。

 

これは印刷物やテレビ画面からは決して伝わらないものでしょう。そこには自ら抱く理想像を完璧に表現したいという画家の意思が今もありありと残っているように感じました。以前観たピカソにも劣らない熱量です。

 

鮮やかに広がる色の面の強烈さと、それを取り囲む力強くも柔らかな線の組み合わせが絶妙でした。立体的な絞り模様、髪が透けて見える櫛の透明感、襦袢の白い襟に浮かび上がる地紋、そして髪の生え際の美しさ。見ていて飽きるということがありません。画布に向かっている松園の姿すら浮かび上がってきて、いつまでも立ち去ることができませんでした。

 

「蛍」「砧」「夕べ」などは、こんなに大きな作品だったのかとびっくり。ほぼ等身大かそれ以上に描かれていて、静かな迫力に満ちています。穏やかな表情は菩薩のようにも感じられ、美人画というより仏画のようでもありました。「芸術を以て人を済度したい」と願った松園の面目躍如ではないでしょうか。

 

1階のカフェでは松園作品にちなんだ和菓子を楽しむことができます。もうちょっと落ち着いた場所だと良かったなあ。

 

山種美術館で3月1日まで

 

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ブロンド少女は過激に美しく   マノエル・デ・オリヴェイラ

叔父の店で会計士として働くマカリオ君は事務室向かいの窓に姿を見せたルイザに一目惚れ。苦労の甲斐あってなんとか婚約にまでこぎ着けるのでしたが、彼女の手癖の悪さに呆れ果てることになるのでした。

 

邦題が扇情的すぎますよ。ルイザは特に過激ではありませんでした。幼いが故に少々常識に欠けるだけ。普通のちょっとかわいい女の子に過ぎません。

 

常識に欠けると言えばマカリオ君も同類で、いくら世間に疎い若者とはいえ、猪突猛進過ぎるのでは。あまりにあっけない結末の責任はルイザよりむしろ彼の方にあると感じました。もっと余裕が必要だよ、マカリオ君。

 

100歳の監督が撮ったこの映画、あらすじだけで終わっていて、特に人物造形に深みがあるわけでもないし、メッセージも感じません。手を抜きすぎなのではとも思いますが、それでも、何かこの世のものではないような不思議な美しさが漂っていて画面から目を離せない。それは次作の「アンジェリカの微笑み」も同様で、やはり一世紀以上も生きた人は、常人とは違う感覚で世界を感じているのかもしれません。

 

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日本橋   泉鏡花

行方不明の姉に似た面差の芸者清葉に恋した学士の葛木。雛の節句の翌日にきっぱりと振られてしまい、出家を覚悟。その帰りがけ、姉の志に従って一石橋から蛤と栄螺を川に放すのですが、巡査に見とがめられて厳しく尋問されてしまいます。

 

そこに行き会ったのが清葉をライバル視するお孝でした。夫が放生会をしただけだと助け船を出すと、そのまま葛木を一晩引き留め、失恋の一部始終を聞き出します。二人はわりない仲になるのでしたが……

 

そのまま情緒を漂わせて静かに終わるのかと思いきや、なんと、火事に端を発した怒濤のラストシーンが待っていました。いやはや、驚いたのなんの。

 

心を病んだお孝が火の粉を雪と勘違いして両袖に受け止める場面の妖しさといったらありません。燃え盛る炎が赤く目の前に浮かび、肌を焦がしそうな熱さえ感じます。逃げ惑う人々の悲鳴や怒号がすさまじい。くっきりと映像を結ばせてしまう筆力には恐れ入るばかり。

 

まるで映画を見ているようです。そう思うと、この作品は登場人物に共感を寄せる物語というより、失われつつある風俗を洗練された形で残すことを目的としていたのかもしれません。「細雪」と通じるところが大きいと感じました(そういえば、赤熊なんて谷崎小説に登場しそうなキャラクターです)。

 

本の装丁もため息ものでした。小村雪岱の筆になる表紙と見返しの装画を見るだけでもこの本を手に入れた甲斐があるというものです。なんとも贅沢。

 

 

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The Warehouse   ロブ・ハート

 

全米100か所以上に配送施設を有し、3000万人の従業員を抱える巨大企業クラウド。それぞれが1つの自治体として機能するほどで、職場は勿論のこと住居、娯楽施設、発電施設、病院、電車まで備えていますが、一方、そこで働く人々は装着したリストバンドによって完全に管理されているのでした。


主役は膵臓がんを宣告され余命を施設訪問に費やすクラウド設立者ギブソンと2人の新入社員。1人はクラウド社の値引圧力によって失職した元製造業社長パクストン、もう1人はカーボンマイナスを標榜する同社発電設備の実情を探るために潜入したジャーナリストのジニアです。


この小説は3人それぞれの日常を描きながら、自由という概念を読者に改めて問うているように思います。巨大組織を運営するギブソンは高度な管理システムこそが人々の自由な時間を増大させると(善意で)信じています。パクストンは自由ゆえの競争によって自分が敗者になったとうなだれ、ジニアは一方的な管理システムが従業員の自由な思考を奪っていると感じます。


果てが見えないような巨大倉庫に「1984年」「華氏451度」「侍女の物語」といった小説が数冊しか在庫されていないという設定には目まいがしました。それは、クラウド社の思惑ではなく、ただ単に需要がないというだけの理由なのです。そう、人々が自ら自由を放棄していると訴えているのです。

 

ぜ人は困難の末に獲得した自由を自ら手放すのでしょう。自由とは重荷であり、孤独をもたらす恐ろしいものなのかも知れません。フロムの「自由からの逃走」挫折しちゃったけど、これを機会に再読しなくちゃ。

 

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ある船頭の話   オダギリ ジョー

川の流れとトイチの佇む姿がすばらしい。「一幅の絵のよう」という表現はまさにこの映画の冒頭シーンにこそ相応しいと感じました。岩の上から釣り糸を垂れる姿は南画の世界そのものだし、深山とそこに暮らす人々の姿は玉堂の筆が具現化したかのようです。

 

本来なら明るく澄んだ夏の川が暗く表現されていることも印象的でした。振り返ってみれば、仕事を奪われることが決定的なトイチの行く末を暗示していたようにも感じます。

 

たゆたう水の流れに目を奪われると同時に、「惑星ソラリス」の冒頭シーンも思い出されます。水草が揺れる小川の長回しは水の表現としてとは随一だと思っていたのですが、阿賀の流れと柄本明の佇まいが肩を並べました。


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白いリボン   ミヒャエル・ハネケ

第一次世界大戦の足音が近づくドイツの小さな村。住民の多くは男爵家に小作農として雇われ、厳格な牧師の教えに従って暮らしています。ある日、医師が何者かの悪意によって落馬させられたことに端を発し、小さな社会に気味の悪い事件が続くことに。ただでさえ行き場のない閉塞感に覆われた村は疑心暗鬼に満ちてしまい……

 

タイトルの白いリボンとは、牧師が子供たちに純潔を促すものとして巻き付けるものです。正直だと認めてもらえるまで外してもらえません。この点を踏まえて映画を見ると、一連の事件の実行犯は子供達なのだろうと察せられます。

 

大人達は従順さ・純真さを押しつけておきながら自らは様々な欲望に負け、あるいは不正に目をつぶっている。支配構造の最下層にいる子供達が、お前たちこそ白いリボンを巻けと警告したように思えるのです。牧師の長女の意思を込めた視線が示唆的です。

 

モノクロ画面は非常に印象的。晴れた屋外の目が痛くなるような明るさは宗教が押しつける正しさ、手探りしなければ歩けないような夜の暗さは人々が抱える心の闇を表しているかのようで、その極端なまでのコントラストが映画を見る私の心を不穏に揺さぶるのでした。

 

小さなコミュニティに渦巻く嫉妬や憎しみなどを描いた「誰もがそれを知っている」同様、犯人捜しが主題ではなく、残虐性、権力欲など、人間の持つ業をそのまま生の形で観客に提示することがこの映画の目的なのだと感じました。先に見た同監督の「ハッピーエンド」と同じく苦さが残る映画です。再び見たいとは思わないけれど、おそらくいつまでも印象に残り続けるでしょう。

 

なぜ会話がフランス語だったのかは不明。

 

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