Un gato lo vio

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月のひつじ

 

1969年7月、ついに人類が月に降り立つことに。月面から送られる映像を中継する役割が飛び込んだのはオーストラリアの田舎町パークスの巨大パラボナアンテナ。
アポロプロジェクトの一員に加えられた技術者たちの奮闘と、施設を擁する町の人々の熱狂振りがほのぼのと楽しい映画です。

NASA職員1名を含む4人の技術者は、アポロ11号から送信される電波を見失わないよう必死。
この経験、私にもあります。
もちろんアポロじゃなくて、海外放送なんですけどね。

70年代中頃、ソニーのスカイセンサー(ICF 5800)登場とともに、海外放送を聞くという趣味が爆発的に流行しました。
深夜、ラジオのダイアルを慎重に探り、遙かな異国から送られた微細な電波を捕まえたときの興奮といったらなかった。
10代の子どもに外国語が理解できるわけもないのだけれど、聞いたこともない音楽や不思議な言葉の響きに夢中になったものです。

で、時は移り、今や世界の情報は一瞬にして手のひらで確かめることができるようになりました。
確かに便利でもう後戻りはできないし、さんざんその恩恵にあずかっているわけですが、そのかわりにいちばん楽しいところをなくしてしまったのが残念。
巨大なアンテナをアナログに操作し、アポロ11号の所在地を筆算で計算する技術者たちの悪戦苦闘を眺めて、ふとそんなことを思いました。

単純に驚いたことがいくつか。
・直径63メートルのアンテナって、中で草野球ができるほど(クリケットだったけど)広くて頑丈なんだ!
・停電でアポロを見失ったという失態を当時は隠しておきながら、結局公にしたという事実。真実を明かされたときのNASAの対応をぜひ知りたいものです。
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外国の村上春樹



アーヴィングの本が洋の東西でずいぶん違うと紹介しましたが、その続き。
これ、村上春樹の小説のドイツ語版。第2章の挿画なのですが、この絵からタイトルが想像できますか?

正解はこれ。


TVピープルに収められた「眠り」です。
確かに「眠り」って怖い話だったけど、ここまでおどろおどろしくないですよね。

で、知人が送ってくれた本の中にこんなしおりが入っていました。


うーん…
これが欧米人の抱く日本(あるいは村上春樹作品)のイメージかあ。
ちなみに、左から「世界の終わりと…」「ダンス!…」「国境の南…」「ねじまき鳥…」などと続きます。
なんか、昭和30年代から40年代のビールのポスターを80年代風にアレンジし直したみたい…

最新作「1Q84」なんてこれですよ。


ジャケット買いってあるじゃないですか。
作者も作品も知らないけど、本の雰囲気が良くて思わず手に取ることってありますよね。
でも、私が村上春樹を知らなくてこのジャケットを目にしたら、絶対にパスだな。





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ミレニアム1 ドラゴンタトゥーの女



小説も、映画もなかなかの評判。ついつい手に取ってしまいました。

名誉毀損で逼塞を余儀なくされたジャーナリストが、大企業の会長に一族の暗い秘密を調査するよう依頼を受け、天才的ハッカーと謎解きに挑む。

ストーリーはジェットコースターなみで、最後まであきさせません。
映画も俄然興味が湧いてきたので、連休は3部作(スウエ−デン版)を一気に見るつもりです。

展開は別にして、この小説はスティーヴン・キングや村上春樹のそれと共通点を抱えているように感じます。
それは、この世は暴力に満ちているということ。

ミレニアムの各章の扉には、スウエーデンで女性がどれほどの暴力・暴行を受けているのかという具体的数字が紹介されていて、その大きさに驚きを禁じ得ません。
全ての人が善良であるわけではないし、全ての人と理解し合えるわけではない。

作中でリスベットは絶対悪を認めようとしないミカエルに対していらだちを感じます。
彼女のいらだちは、「残念だけれど、善意では対処できない暴力は存在する、それが事実なんだ」というスティーグ・ラーソンの訴えを代弁しているのでしょう。

そして、この作品と対で見てほしいのが「リリア4エバー」。
身寄りをなくしたソ連の少女がスウエーデンの売春組織にだまされ、誰にも知られることなくこの世を去ってしまうというやりきれない映画です。

でもここに示された女性に対する暴力の具体例は、ミレニアムが充分にはすくい上げられなかったもの。
併せて見ることで、ラーソンが本当に訴えたかったものが見えてくるかもしれません。

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N響アワー最終回 お久しぶりの檀ふみさん



全国160万人の檀ふみファンの皆様、こんにちは。
このサイトにたどり着いていただいた人たちの検索キーワードは、常に「檀ふみ」が最上位なので(しかもぶっちぎりで)、久しぶりに檀さんの話題を。

と言っても、3月末のN響アワー最終回で久しぶりにお姿を拝見した、というだけのことなのですが。

池辺さんとのコンビは掛け合いが独特で、「今日はつまらない洒落を(失礼!)どう捌くかな(無視するかな)」と毎回楽しみにしていたことを思い出しました。
笑顔を見せながらテレビのお約束的な妥協をしない檀さんは偉かった。

私は特に檀さんのファンというわけではないのだけれど、無防備と言っていいようなあっけらかんとした態度と品の良さの同居がおもしろくて、つい気になってしまうのです。
ぜひ日曜美術館に進行役で復帰してほしいものですが、どうですか、NHKさん。
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東京暮色2



この映画、周吉が一人きりになる場面で幕を閉じます。
残された人々が自分に課せられた定めを静かに受け入れようとする姿が際立つ終わり方ですが、別な場面で終わる方法もあったなと思います。

1つは、明子と喜久子が対決する場面。
善良な父親に似ず奔放なのは、自分が母親と別な男との間にもうけられた子だからと憤る明子に対して、喜久子はそれだけは絶対に違う、あなたはお父さんと私の子だと宣言します。
その言葉を聞いた明子はその場を飛び出しますが、ここで終われば、明子が立ち直るきっかけを得たとして希望を感じさせる印象を残したでしょう。

もう1つは明子が逃げ回っていた恋人とラーメン店で遭遇し、男の不実に絶望して店を飛び出す場面。電車が急ブレーキをかける音が響き、そして一瞬の静寂が訪れます。
ここで無音のタイトルロールに移ったら、悲劇性は否が応でも増し、後味は全く違ったものになったと思います。

なぜ、小津さんはわざわざ病院の場面とその後日譚を付け加えたのだろう。
あれこれ考えさせてくれるという意味でも素晴らしい映画でした。
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東京暮色



いやあ、タイトルロールで思わず唸ってしまいました。
おみごと。すばらしい映画です。

物語の中心となるのは銀行で監査役を務める杉山周吉一家。
妻は十数年前に出奔、長女孝子は夫とうまくいかず周吉の元に里帰り、次女明子は悩みを抱えて憂い顔です。

やがて周吉の元妻、喜久子が東京に戻り、新しい連れ合いと麻雀店を営んでいることが分かります。娘たちと喜久子が親子であると判明してから物語は動き始め、そして悲しみのうちに幕を閉じます。

降りかかる運命を淡々と受け入れる人たちの姿が、見る者の心を静かに揺さぶります。
誰の身の上にも起こりうることなのですから。
孝子はこれを機に婚家へ戻ることを決意。おそらく夫婦仲が改善されることはないでしょう。
でも、周吉にこれ以上心配をかけたくない彼女は、それを承知で戻るのです。

一方、喜久子は娘たちに拒絶され、悲嘆のうちに東京を離れます。
夜行列車が出発するその寸前まで許しを請うようにホームに孝子の姿を探しますが、娘は現れません。
喜久子は寂しさを抱えたまま残りの人生を送ることになるのでしょう。

そして周吉。
妻と娘2人が去ってしまったにもかかわらず、その表情は穏やか、いつもと変わりません。
でも、それが逆に、彼の抱える喪失感を強く印象づけるのです。
孝子が忘れていった孫のガラガラを手にし、それをじっと見つめるシーンにため息がこぼれてしまうのでした。

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おおきなかぶ、むずかしいアボカド



久しぶりに村上さんのエッセイを手に取りました。
さすがにデビュー作からつきあっていると、あ、同じ話を前にも読んだなということがしばしば。
自作をほとんど読み返さないという村上さんは、「同じことを書いているかも」と自分でも認めておりまして、でも毎回それぞれに楽しめるのですよね。

で、この体験って何かに似ているなと思ったら、そうです、古典落語を聞くのと同じじゃないですか。
熟知していると言ってもよいストーリーを飽きもせずに聞くのは、毎回出来が違うから。
演者によって細かいところが微妙に違うし、同じ演者の同じ演目でも日によって腹を抱えるほどおかしかったり、なんか心配事でもあるのかなと勘ぐるほどつまらないこともあるのです。

その違いが古典落語を聞く楽しみで、クラシック音楽もまた同様です。
で、村上さんのエッセイは、ついに古典落語の域に達しつつある、という、ただそれだけなんですけどね。

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あの川のほとりで



変わらぬアーヴィング節でおもしろいことは間違いないのですが、個人的には「堪能したー」と言えないところもあったので、今回は物としての本そのものについて。

皆さんは本を手に取ったとき、ジャケットを外してみますか?
私は「化粧」した姿の下にどんな素顔があるのか確かめたくて、必ず一度は外しています。
アーヴィングの最新作はこんな具合です。
舞台となる米国北西部とカナダの地図が可愛らしくデザインされています。


かたや、原書の素顔はこんなあんばい。
味も素っ気もないですよね。なんだか巨大な弁当箱みたいです。
重さもかなりのもので、とても片手で支えて読める代物ではありません。
欧米で軽くて小さいKindleが流行るのも納得できるというものです。


アーヴィングの原書ジャケットは、ほとんどが「Twisted River」のように素っ気ない雰囲気ですが、日本語訳版は「ニューハンプシャー」を除いてプリティなものが多く、その違いを眺めているだけでも結構楽しめます。

「あの川のほとりで」のジャケット画はこれまでの日本語訳版の中でもっともプリティな仕上がりです。
でも中身は(いつものように)ちっともプリティなお話ではないので、外見にだまされないように。

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パリの哀愁


またもや、ふらふらと引きよせられて見ちゃいました。
ジュリーです。映画です。
タイトルは「パリの哀愁」なんです。
1976年制作というと、「勝手にしやがれ」の直前。
「ジュリー、かっこええー」とテレビにかじりついていた当時でも、そんな映画があったなんて全く知りませんでした。

で、これはジュリーの美しさを堪能するためだけに存在する作品でありまして、映画として批評してはいけないのです。
おそらく、監督が撮りたい「決め」のシーンが最初にあって、後でむりやりストーリーをつなげたのではないかと想像してしまいます。

突っ込みどころ満載(金沢の染色作家の息子なのに京都弁だとか、恋人との意味不明な殴り合いとか、乗っ取られたバスが途中で変わっているとか)で、それだけでも話題には事欠きませんが、野暮は言いっこなし。
スリムで美しいジュリーにひたすらため息をつきましょう。

そうそう、かなり露出度の高いベッドシーンもありまして、当時ジュリーファンだった女性たちは、きっとやきもきしたんだろうなあ。
それから、いわゆる観光スポットではなく、猥雑でチープな感じのパリがなかなか良かったし、最後に悲劇へと導くための場面展開が「太陽を盗んだ男」を思い出させるようなむちゃくちゃさ加減で、おもわず笑ってしまいました。

ともあれ、ジュリーファンにはお勧めの「鑑賞」作品です。

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フル・モンティ



手早く稼ぎたい失業中の男たち。おれたちに何ができる? そうだ、ストリップだ、どうせやるならスッポンポン(フル・モンティ)だ!

というわけで、400人の観客を前に踊るラストシーンは拍手、拍手。
でも、ここに至るまでのお話は、コメディとしてはあまりおもしろくありません。
それより、人が日々の生活を送るってこうだよなあ、という現実感が切なくて、切なくて。

イギリスの鉄鋼の町という舞台がそもそも寒そうで寂しそうだし(「ブラス」もそうだった)、いわゆる美男美女や、セクシーな体つきの俳優も登場しません。
ジャージやよれよれのシャツやトレーナーが妙に似合いすぎて、とても映画を観ているような気分になれないのです。まるで、知り合いが登場するビデオを見せられているような…

舞台や状況があまりにリアルすぎるのも良くないな、と思う一方、失業中の男たちとその家族の間で交わされる感情のやりとりのリアルさは、なにか心に触れるところがあります。
それは非常にありきたりで、本当なら映画にも小説にも取り上げにくいささやかなものです。
でも、生きていくのはこういうささやかな感情の交換の連続だよなあ、としみじみとさせてくれます。

そんなわけで、祝祭的ラストシーンでは、よく投げ出さなかったなとリアルに感心し(少しうるっとしながら)思わず拍手を送ってしまったのでした。
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