Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
<< May 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

新潟虹色寄席2019

「虹色寄席」楽しんできました。東京の寄席のように複数の噺家が出演する本格的な設定。今回が6回目で、私は全く知らなかったのだけれど認知度はかなり高いようで、大入り袋が出ました。

 

出演者は新潟県出身の扇辰、白鳥をはじめ、喬太郎、白酒、談笑、一之輔、彦いち、そして色物で二楽という豪華メンバー。いやあ、東京の寄席でもこれだけの面子が揃うことは稀ですよねえ。

いちばん楽しみにしていたのは、昔からひいきにしているけれど実際の高座を見たことがなかった一之輔と白酒。それぞれ「唐茄子や」「お茶汲み」を堪能しました。
 

意外だったのは白鳥。あまりに不謹慎(?)で絶対に放送は無理という内容にもかかわらず(だからこそだな)、反射的に大笑いしてしまった。なんだか良い塩梅にあくが抜け、純粋にナンセンスな話に没入できたのでした。

 

客席の反応も良かったなあ。最初から最後まで盛り上がり続けるってなかなかないですよ。演者と客席が最高の化学反応を起こしたみたいですね。これだから寄席通いはやめられない。
 

ひっそりと自著のサイン会を行っていた一之輔と言葉を交わすことができたのは嬉しかった。実に気さくで、知り合いと話しているようでした。

 

JUGEMテーマ:エンターテイメント

 

 

落語・寄席 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

弥彦山田ノ浦コース 再挑戦

数年前にトライしたものの、途中で道を見失って断念した田ノ浦コースに再挑戦。今回は目印の赤いテープを見落とすことなく、なんとか山頂にたどり着きました。入り口に注ぐ沢の左右を行ったり来たりの登山道。水音と鳥の鳴き声がなんとも気持ちいいですなあ。

 

ほかの登山者のブログで脅されていた鎖場や足場の狭い岩場もゆっくり慎重に進めば大丈夫でした。急勾配の直登や長い階段がないので、それほどきつくない印象です。角田山灯台コースと同程度の登攀時間でしたが、こちらの方が楽でした。

 

当日行き会った登山者はわずか4組。爽やかな緑を独り占めしたような贅沢な気分に浸ったのでした。

 

JUGEMテーマ:地域/ローカル

新潟暮らし | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

銀の匙   中勘助

小さい子供は程度の差こそあれ、この小説の主人公のようにナイーブで傷つきやすく、自分の思うままにならないじれったさにやきもきしたり涙をにじませたりするものです。作者の中さんは幼子の繊細な心の動きを慈しむべきものとして詩的に描いていますが、私としては幼い頃のやるせなさがリアルに思い出され、二度とあんな思いはしたくないと身震いしてしまうのでした。

 

「銀の匙」という物語を尊いものにしているのは同居する寡婦の伯母さんの存在だと感じます。生まれつき虚弱な主人公を無条件に愛し、どんなときでも救いの手を差し伸べてくれる菩薩のようです。あまりの献身ぶりによって、彼女の将来に不幸が忍び寄ってくるような不安感が漂い始め、それが現実となる終盤には頁をめくる手が止まってしまいました。愛情にあふれた善意の人が不幸の中に人生を終えてしまうやるせなさがあるからこそ、この物語がいっそう美しく感じられる気がします。

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

愛しき人生の作り方   ジャン=ポール・ルーブ

作家志望のロマン君は家族思いの好青年。連れ合いをなくして一人になった祖母宅をまめに訪れるし、定年を迎えてイライラする父と、そんな夫にうんざりする母の仲を何気なく仲裁したりします。恋人がいたらいいなと思いながら、現在は軽いノリの友人と同居中。

 

さて、祖母マドレーヌが怪我をして施設に一時入居した時のこと。父とその兄弟達が彼女のアパートを勝手に処分してしまい、怒ったマドレーヌは施設から逃亡。そして、行方を捜すことになったロマン君は旅の途中で恋を見つけ、祖母の願いを叶え、不協和音が生じた両親に和解のきっかけを与え、めでたし、めでたし。

 

個人的には父親役ミシェル・ブランの存在感が一番の見所でした。退職で心のよりどころを失ったことを隠すかのようにイライラして、妻や弟たちには命令口調。でも重要な場面で決定を下せなくなった、ちょっと面倒くさいおっさんなのです。ただ、妙に素直なところがあって、子供の助言にも従ったりする可愛らしさがマイナス面をカバーしてしまう。「仕立て屋の恋」で見せた計算され尽くされた非の打ち所のない演技には脱帽したものですが、こんなチャーミングな役を軽くこなすところもナイスです。

 

ところで、ハートウォーミング系(?)映画の邦題って、ことごとく安直なハウツー本の題名のようで、タイトルを聞いてもどれがどれだか区別がつかなくなってきました。そろそろ別な工夫を凝らして欲しいものです。

 

JUGEMテーマ:映画

映画 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

北愁

父親同士が兄弟のあそぎと順治。性格が異なる2人は互いに薄い関心を保ちながらそれぞれの人生を歩み、しかし、心細さを覚えるような節目では相手に話を聞いてもらいたいと考える間柄です。的確なアドバイスを願っているわけではないけれど、はぐらかされると腹が立つ。

 

普段は特に関心があるわけではないけれど、ことあるごとに何となく思い出す関係なのですね。自分のことを顧みても、確かにいとこ達とは儚い結びつきです。そして歳を重ねるにつれて、血のつながりというものが良くも悪くもどこかで人を拘束しているのだと感じることが増えました。

 

ところで、主人公のあそぎちゃん。幼い頃から男勝りのさっぱりした気性で、自分に恋愛は無縁と考えていました。分別、世間知ばかりが身についてしまい、情熱に身を委ねるすべを知らない大人になってしまったのは可哀想だった。一度くらい誰かに恋い焦がれてもよかったのにと思います。

 

幸田文の著作は随筆、小説ともに数作品しか読んでいないけれど、不思議に惹きつけられるものがあります。あそぎちゃんではないけれど、さっぱりしすぎて、ちょっと人を突きはなすように感じられる文体が妙に心地よいのです。ほら、だらだらしてないで、しゃきっとしなさい、と諭されているようで。

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

フォマルハウトの三つの燭台〈倭篇〉   神林長平

家電が人工人格を与えられ、その意識が人間の意識とコンフリクトする松本市。意識は人間以外のハードウエアにコピー可能かもしれず、そして、私たちが五感を通して認識する世界は「リアルな世界」とは違うのかもしれない。

 

「我思う故に我あり」は良しとして、その「我」とは誰/何なのか? 三つの燭台に火が灯されて世界が終わったにもかかわらず物語は続き、本当の終わりは語り手の幕引き次第。相変わらずの神林節に柔軟性を失いつつある脳が心地よく刺激されました。

 

ところで、小口に仕掛けを施した本は初めての体験でした。左手で小口を広げるとウサギのようなジャカロップの姿が、右手では燭台が現れるようデザインされています。ただ色を塗るだけの造本とは凝り方が違う。私たちが見ているものは見た通りではない。物語の内容に呼応するかのようなアイディアに参りました。

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

世界を回せ   コラム・マッキャン

1974年8月7日、ニューヨーク。神は空と地上で2つの美を実現させました。ひとつは世界貿易センタービルのツインタワー間で45分に渡って演じられた綱渡り、もうひとつは交通事故に端を発した普通の人々の不思議な結びつきです。

 

綱渡りは現実の出来事。演じたフィリップ・プティ本人の著作や映画などで、そのパフォーマンスの途方もない美しさを確認することができます(私は今回映画「ザ・ウォーク」を見ました)。人間の持つ可能性は無限なのかもしれない。

 

当日、遙かな上空に綱渡りの様子を目撃した人々の人生を辿ったフィクションもまた、人間の可能性を読者に示すものでした。人は何かをきっかけに利他的な行動に踏み出すこともできるのです。

 

でも、マッキャンは神が意地悪だと考えているようです。と言うのも、そのきっかけが肉親の死やパートナーの裏切りなど、ことごとく何かを喪失することなのです。神に仕えると誓い、娼婦たちに手を差し伸べ続けたコリガンになぜ無慈悲な死を与えるのでしょう。更生を願う女たちをなぜ突き落とし続けるのでしょう。試練の必要性が私には分からない。

 

コリガンと共に事故死した娼婦の娘、ジャスリンによる物語の幕引きは諦観と淡い希望がない交ぜになった静けさに満ちています。「Trans Atlantic」と共通する余韻に次作も期待が高まるのでした。

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

ブギウギ   坂東眞砂子

終戦間際の箱根芦之湯温泉。東京湾で米軍に最新Uボートを撃沈され、乗組員とともに捕虜として軟禁されていたドイツ人艦長の死体が池に浮かびます。死因は自殺と断定されたものの、第一発見者で旅館の女中だったリツ、通訳として海軍中尉に従った法城は戦後の東京で陰謀に巻き込まれてしまい、命を脅かされる事態に。

 

読み手をぐいぐい引きつける筋立てはさすがです。しかし、ミステリー仕立ての物語で坂東さんが伝えたかったのは、最終盤に法城に語らせた「愛に翻弄された女たちの物語」だったように感じます。

 

女が言う「愛」とは男であり、子供であり、動物であり、政治体制でもある。何であれ、対象に向かう気持ちに愛と名付けて従うことが女の行動原理。理念ではなく心と情熱で立ち向かう生き物が女なのだとは、男の作家が実感を以て書くことは難しいと思います。

 

坂東さんの小説は、どれをとってもぬるっとした感触がつきまとっていたように思います。女である(あるいは人間である)という生々しさに加工を施さず、そのまま「ほら」と言って差し出すのが彼女の流儀だった。本作中、対象がめまぐるしく変わりながらも最も愛に忠実だったリツに感じる生々しさはその最たるものでした。きっと坂東さん本人の投影だったんじゃないだろうか。

 

JUGEMテーマ:読書

 

 

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

未来を乗り換えた男   クリスティアン・ペッツォルト

ドイツ軍によるフランス侵攻を現代に再現するというアイディアにやられた。物語の設定が今になることで欧州が抱える現在の難民問題をも取り上げることが可能になり、先の見通せない不安感が重層的に迫ってくるのでした。

 

エンドロールで流れるトーキング・ヘッズの唐突な明るさには面食らってしまいましたが、記憶を探ってみれば曲のタイトルは「Road to Nowhere」。迫害を逃れようとマルセイユに集まった人々の状況を端的に表しています。行くこともならず退くこともならない状況は程度の差こそあれ、観客の私たちにもあてはまるもの。他人事じゃないことに気づくと怖ろしさに身がすくみそうになります。こりゃもう、夢に見てしまうな。

 

クリスティアン・ペッツォルト監督の作品を観るのは「東ベルリンから来た女」「あの日のように抱きしめて」に次いで3作目。閉塞状況に置かれた人たちの不安がにじみ出る緊張感漂う画面、そこに独特な情緒をミックスした作風にすっかり惹きつけられています。次作も期待です。

 

公式サイトはこちら

 

JUGEMテーマ:映画

 

映画 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

浮雲   二葉亭四迷

父が亡くなり、叔母一家の厄介になりながらも苦学の末に役人となった文三君。さあ、これから母を上京させよう、仲良くなった従妹のお勢と結婚しようと意気込んでいたところでなんと免職に。

 

叔母のお政が無職となった甥を疎んじ出したところへ、文三の元同僚でお調子者、上司におもねることが得意な本田君が登場。母娘ですっかり夢中になってしまい、文三君の悶々とした日々が始まるのでした。

 

もちろんタイトルは知っていました。言文一致体小説の草分けですよね。でも、まさかこんなにおちゃらけた娯楽小説だったとは知らなかった。しかも、落ちがない。文三君が優柔不断な自分に決別する日は来るのかしら、こないのかしら、とすっとぼけて終わるんだもんなあ。恐れ入りました。

 

明治の庶民の生活がおもしろおかしく描写されていて、昔も今も人のやること、感じる不安は同じだなあと頷くことしきり。明治の文豪と言われる作家の小説もいくつか読みましたが、娯楽性ではこの小説がダントツです。教科書向きではないから紹介される機会が少ないのだろうけれど、本好きなら読まずにいるのはもったいない。

 

新潟の方言だとばかり思っていた言葉が昔の共通語(東京弁)だったことには驚きました。
「発明な」「じぶくりだす」「もだくだ」なんていかにも方言ぽいでしょう? 知らなかったなあ

 

JUGEMテーマ:読書

小説 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |