Un gato lo vio −猫は見た

映画やらスポーツやら小説やら、あれやこれや。
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A Quiet Life  ナターシャ・ウォルター

第二次世界大戦が現実味を帯びる頃、アメリカの田舎町で暮らすローラは思わぬ遺産を相続し、イギリスの叔母家族を訪ねることに。旅の途中で共産主義者の女性と知り合い、その理想に共感を覚える一方、ロンドンで知った上流階級の雰囲気にも憧れを感じます。

そして、戦争が勃発。イギリスに留まったローラは社交界で交友関係を広げ、外務省に勤めるエリートながら、平等な世の中の実現にも関心を寄せるエドワードと知り合います。
互いに理想の相手だと感じた二人は結婚。ところが、夫はローラの想像が及ばない秘密を抱えており、やがて失踪。生まれたばかりの子どもを抱えたローラは苦境に立たされることになるのですが…

1つ屋根の下に暮らしながら、職業上の理由から本音を語り合うことができない生活。そんな状況で配偶者を持つなど、自分には無理、と思いましたね。
でも、実際、世の中には知り得た情報の守秘義務に縛られた人は多く存在するはずで、そのような配偶者を持つ夫婦も多いはず。ローラとエドワードのように家庭が破綻することはないのだろうかと、にわかに気になるのでした。
当たり障りのない、平凡な人生こそ得がたいものなのだと、改めて思う次第。

そんな私には、最後にローラが示した決断が信じられません。
彼女は良き妻のマスクをかぶり続ける静かな暮らしを捨て、自分のありのままで生きることが可能な道を探ろうとします。その道の先には、大きな困難が待ち構えていることは必至。母や親戚、そして友人を過去のものとして捨て去らねばならないのです。
偽りの生活を良しとしないローラの未来が少しでも明るいものでありますように。

この実在のスパイ夫婦に着想を得た完全なフィクションが著者の小説デビュー作。先が気になるストーリー展開、語りすぎることなく主人公の内面をうかがわせる描写も既に大家の雰囲気があり、この先が楽しみです。

 

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黒いチューリップ

フランス革命前夜、難を避けて逃げまどう貴族たちを襲う義賊がいた。その正体は「黒いチューリップ」こと貴族のギヨーム。だが、捕縛に躍起となる憲兵隊長に追い詰められて頬に傷を負った彼は、貴族としての生活を偽装するため、瓜二つの弟ジュリアンを呼び寄せることに。共和主義の弟は喜んでその代理を務めるものの、剣の腕前はさっぱり。さて、兄弟の運命やいかに。

アラン・ドロンの一人二役を堪能する活劇コメディでした。天真爛漫で平等な世の中を希望する素直な青年と、自己中心的でふてぶてしい盗賊を演じわけています。引き締まった肉体美もファンにはたまらないところでしょう。

封切りは1964年。この映画の明るさは、おおらかで、未来に希望を抱いていた当時の世相を反映しているのだろうと感じます。主役のギヨームに非業の運命を用意しておきながら、あっけらかんとハッピーエンドに持ち込むんだもんなあ。いつまでも死者を悼んでいても仕方ない、という悟りの境地さえ感じられます(うそ)。

私のお気に入りはギヨームの愛馬「ヴォルテール」号。とても賢く、茶目っ気のある馬なんです。笑うことだってできるんです。主人に忠誠を尽くすラストシーンはお見逃しなく!

 

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イル・ポスティーノ

あこがれの作家専任の郵便配達人(あるいは、料理人、ハウスキーパー、医師等々)という立場を手に入れたらどうするだろう?
自分の仕事に徹して無駄な口を利かないのが理想だけれど、きっと作品の感想を述べたり、質問したりで煩がられ、そのうち首になってしまうだろうな、などという妄想をかきたてられる映画でした。

ナポリ湾の小さな島で暮らすマリオ・ルオッポロ君は漁師の生業を嫌い、たまたま募集中だった郵便配達の仕事を引き受けることに。届け先は、共産思想故にチリを追われてこの島に仮住まいすることになった世界的詩人ネルーダの住まいただ1軒。

毎日どっさり届く郵便の差出人は女性ばかり。さては、詩人はもてると勘違いしたルオッポロ君。その秘訣を手に入れようとネルーダに近づくうち、やがて人の心を揺さぶる詩の美しさに魅了され、自ら言葉を紡ぎ始めるのでした。

偉大な詩人と一介の郵便配達人(ポスティーノ)のすてきな交流でした、世界を見る新しい目を獲得したルオッポロ君良かったね、で終わらせても良かったのだろうけれど、この映画はもう一ひねりありました。そう、やっぱり良いことばかりは続かない。

数年後に島を再訪したネルーダは、ルオッポロ君との再会がかなわず、途方に暮れてしまうのです。自分の手ほどきが彼の心を豊かにしたことは間違いありません。でも、それと引き替えに、あるいはそのせいで人生そのものは豊かになり得なかった。
出会いの不思議さ、人の世の残酷さをかみしめるようなネルーダの姿が心に残ります。

 

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冬の日誌

1947年生まれのポール・オースターが65歳を目前にした冬に自分の人生を振り返った履歴書のような日誌。
そこに記されているのは自ら「呼吸の現象学」と名付けた肉体の記憶。頬や額に負ったけが、交通事故、性欲、死を覚悟した病、肉親の死、その他、人が日常生活で体験するあらゆる出来事に関する記憶を呼び覚ますことで、一個の人間が生きた証しを示しています。

創作にまつわる苦悩や作品の源である世界観などは直接示されていません。オースターが呼び覚ましたのは、あくまで肉体が感じるさまざまな感覚とそれに伴う感情。それは、あらゆる人間が等しく所有するものであり、だから、オースターの人生を振り返りつつ、同時に自分の肉体・感情の歴史も振り返ってみることになるのでした。

私もずいぶん痛い思いをしたし、死がすぐ傍に忍び寄っていたことも一度や二度であはありませんでした。よくぞここまでもったものだ、これからも頼むよ、と己の肉体を労る読後でした。

と、ここまで書いていたら、ドイツ在住の友人から、なんとオースターの新刊「4321」が届きました(ありがとう!!)。なんという偶然! そして、なんという分厚さ! 最近のオースターには珍しいボリュームで800ページを超えています。ああ、読み始めるのが楽しみだ。

 

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角田山から樋曽山へ 西側斜面は花畑

3月最後の日曜日、好天にも恵まれ、春の訪れを確認するためにいつもの角田山へ。
いやはや、予想通り大変な賑わいでした。もちろんお目当ての花もそこここに。私が上り下りした五ケ峠コースは、東屋付近まで雪割草、キクザキイチゲ、つぼみ状態のカタクリが目を楽しませてくれました。

下山後もなにやら体力に余裕があったので、駐車場の向かい側斜面を登るおじさんたちの後をついて行ってみることに。ぬかるんだ杉林の急斜面を登り切ると、なななんと、そこは花畑。角田山とは比べものにならない密度で色とりどりの可憐な花が咲き誇っているではありませんか。
 

無粋な私もさすがにうっとり。おじさんたちと同じように(いや、私もおじさんですが)地面に這いつくばって造形の美しさ、色彩の豊かさを堪能したのでした。
こちらはみんなカメラ持参。知る人は知っているんだなあ。

 

このあと調子に乗って間瀬峠まで往復しようとしたものの、水しか持っていなかったため、樋曽山を超えた先で断念。ただ、この縦走路も陽当たりの良い西側斜面はいたるところに雪割草、カタクリ、イチゲが顔を出していて、お弁当を広げるに良さそうな場所もちらほら。
来年はこちらをメインに多宝山まで行こうと思うのでした。

 

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キリマンジャロの雪

港湾荷受会社の元労働委員長だったミシェルと妻は、義妹夫婦と夕食中に強盗に襲われ、結婚記念のケニヤ旅行券、クレジットカードなどを奪われます。偶然をきっかけに知った犯人は、なんと元同僚。告発に踏み切るものの、犯人には養い手のいない幼い兄弟がいた…

善意が通じないって哀しく、そしてむなしいものです。犯行に及んだ元同僚は、決断に至ったミシェルの苦悩を全く理解しないどころか、悪意さえ抱いてしまいました。
おそらく、私だったら強盗犯の弟たちを引き取ることはしないでしょう。仮に良心の呵責が芽生えたとしても、関係施設に連絡を取っておしまいにするだろうな。

でも、ミシェルとマリ=クレールの夫婦は違った。犯人の弟だと知った上でなお、幼い彼らの身を案じ、あれこれ世話を焼こうとするのです。自分たちだって決して裕福というわけではないのに。

夫妻の子ども達は、被害者が犯人の家族を世話するなんて考えられないと非難します。私もそれが普通の感情だと思うし、2人の行動はむしろ幼い兄弟をスポイルするのではないかと首を傾げたくなりました。

それでも、自分たちを襲った兄と弟たちは別。苦境にある者に手をさしのべずにいられない夫婦のあり方は、ドライに人間関係を処理しがちな私の心に一石を投じることになりました。

ああ、でもねえ…
人間の本性は善だと信じたいし、実際にそのような人も多いけれど、その逆もまた同様で、なかなか映画の夫婦の境地に達することは難しそうです。そうありたいけれど。

てっきりヘミングウェイの同名小説が原作かと思いきや、ユゴーの詩に触発された作品だとか。

 

サイトはこちら。

 

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ミス・シェパードをお手本に

神父の命に背いたとして修道院を追われたマリアは、古ぼけたバンを住まいとし、ロンドンの通りを転々とする生活。そんな彼女を見かねた劇作家のベネットは自宅庭先に招き入れ、つかず離れずの交流がなんと15年も続くことに。

ほんわかしたコメディとして仕上げられていますが、実はかなり心塞がるお話です。
親切なご近所に見守られて良かったね、ということではないし、ポスターの謳い文句である「英国式シアワセ生活」とはほど遠い内容。決してお手本にしようとは思えない。

彼女は自由に生きたわけではないのです。ミス・シェパードと名を偽った路上生活は逃亡者として怯えているから。しかも、罪の意識に苛まれ続ける毎日です。想像するだけでも気が変になりそう…

その理由が自分の勘違いから生じていることも哀しいです。コメディとして表現しなければ、悲惨すぎるというところではないでしょうか。エンディングの表現もしかり。映画の明るさは、辛い人生を送ったマリアを救いきれなかった原作者ベネットの罪滅ぼしのように感じます。
 

ショパンのピアノ協奏曲が悲しく響くなあ。

 

公式サイトはこちら

 

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もうすぐ春 角田山の雪割草

青空に誘われて早春の角田山へ。

汗もかかず気持ちよく登れますが、中腹から上は所々に雪が残り、海からの風が坊主頭に冷たい。昼前後でも登山者はそれほど多くなく(山頂で20人ほど)、まだ春は先だな、と思っていたところ、枯れ葉が積もるふもと付近の林の中にぽつんと白い花が一輪。

 

近づいてみると、なんと、雪割草ではありませんか。

辺りを見渡しても他に咲いている花はなし。私と同じように青空に誘われ、おもわずフライングしてしまったのでしょう。

おかげで、もうすぐ春だと心が浮き立ってくるのでした。

 

きっと、あと2週間くらいで角田山は可憐な花がそこここに顔を出し、大勢の登山者が訪れるでしょう。今度は仲間と一緒にお花見といきたいものです。

 

 

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リスボンに誘われて

人生の退屈さに失望するスイスの高校教師ライムントは、偶然手に入れた書物に心奪われ、若くして亡くなった著者の生涯を知ろうとリスボンの関係者を訪ね歩くことに。やがて明らかになるのは独裁政権下で闘ったレジスタンス同士の友情と裏切り。同志の間に何が起きたのか。

全貌を明らかにしたライムントは、疑心暗鬼に陥って関係を断絶した同志たちの心を再び結びつけてくれたように思います。一方、彼らの人生に比べて、やはり自分の人生は無意味で退屈だと失望の念は深まるばかり。

しかし、ライムントは衝動的にリスボン行き列車に飛び乗ってしまう情熱家の一面を持ち合わせています。現地で調査の手助けをしてくれた女性が熾火のようにくすぶっていたライムントの心の熱に惹きつけられ、魅力的な提案を投げかけたことがその証しです。
決して退屈なだけの人生などない。ライムントと共に静かに励まされるエンディングでした。

それにしても、作者の生涯をたどりたくなるほどに1冊の本に深く共感したことがあるだろうか? 私の情熱はライムントに遠く及びません。

 

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痴人の愛

増村監督の同名映画は小沢昭一の怪演が光り、最後の最後で純愛の物語へ転換させる監督の腕前にうならされました。一方、原作のナオミは妖婦を、譲治はマゾヒスティックな態度を貫き通しています。あくまで自由奔放な女とひれ伏し続ける男。増村さんは譲治君を哀れに思い、救いを用意したのかな、と感じますね。

ただ、小説の譲治君に救いは無要。自分が目をつけ、理想にかなうよう教育を施し、そして想像以上に花開いてくれた女です。淫蕩な性格まで育ってしまい、嘘を重ねながら大勢の男と関係を持つようになってしまったことは計算外でしたが、西洋人のような容姿や魅惑的な足(脚)に抗うことは不可能なのです。

譲治君にとってナオミは神なのでしょう。古今東西あまた存在する(?)神様の例に漏れず、ナオミ神もとても意地悪です。無条件の崇拝を受けながら、与えるものはわずかな恵みと多大な厄災。でもだからこそ、振り向いてもらえたときには恍惚感を覚えてしまうのでしょう。

谷崎潤一郎を読み続けていくと、人にはある種の力に盲従したくなる傾向が隠れているのだな、と感じるようになります。今は人の命に従うことが難儀だと感じている私も、もしかしたら何かをきっかけとして、そこに悦楽の境地を感じてしまうかもしれない。おお、やだやだ。怖い作家です。

 

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